「最初にしくじるのは尾を振る犬だけ」
男は人差指を天に向けながらのたまった。だぶついた吊りズボンに青いストライプの白襟シャツ。恰好からしてよくある宗教の勧誘などではないようだが、胡散臭いことに変わりはない。
浅黒い顔の下半分は針金のような髭で覆われており、まるで山伏かユダヤ教のラビみたいな面相だが、頭の上にのっているカンカン帽がその印象をやわらげていた。
妻はぼくの隣りで目を輝かせながら、その男の言葉にはげしく頷いている。何が彼女の心をとらえているのか皆目わからないぼくは早くその場を去りたくてムズムズしているのだが、男は妻の視線を味方にさらに声を大きくして演説する。
「羞恥は熟した柿、穴に落ちた時こそ花ひらく」
なんのこっちゃ。
「夜に見つける石が最上。そして後ろには甘い鳥」
だんだん強烈になってきたぞ。
妻は相変わらず、夢見る夢子さんの目で男を見つめている。両手を祈るみたいに組み合わせているところをみると、ほとんどトリップ状態のようだ。
「昨日の雨が腐れマンコ。おいぼれチンポかまきり味噌」
わわわ、ヤバイヤバイ、おかしいおかしい、逃げろ逃げろ。
ぼくは妻の手を取って走り出そうとしたが、彼女の足は根が生えたように頑として動かない。
「ぐわんばりますの血まみれ糞、ぶれたファック、キル・ユー、ジーザス」
男の目は最大限に見開かれて口角には白い泡がたまり、天に向けた人差指はぶんぶん振り回されていた。
妻が動かない。ぼくは平手で彼女の頬を思いっきり張った。
世界が消えた。
ぼくらがいた四条烏丸通りの歩道は消え去り、家の中になっていた。
食事を作る妻。わいわい遊んでいる子どもたち。いつもの風景だ。
やがて妻が言う。
「ごはん出来たよー。みんなおいでー」
はーい、と返事して食卓につく子どもたち。ぼくは不可解な余韻の中で新聞を握りしめたまま食卓に並べられているおかずを見つめていた。
うん?これはなんだ?見たことのない食べ物だぞ。ちょっと気持ち悪い。
「なあ、これ何?」ぼくは妻におそるおそるたずねる。
でも、それが何かは妻に訊かなくてもわかっていた。それはおいぼれチンポの・・・・・・。