読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

アミン・マアルーフ「サマルカンド年代記」

 

 

 

まったくまったくまったくもって、ぼくには縁のない本なのだ。だって、11世紀のペルシャとかサマルカンドとかオスマンとかいわれてもなんのことかまったくわからないんだもの。ここらへんの地理、歴史、風俗なんかは今のぼくとかけ離れていること何光年?って感じだ。

 でもね、そんな本こそ読むべきなのだ。こんなに未知の世界なのにも関わらず、読めば道は開けていくんだから驚くよね。また、そこが読書の素晴らしいところでもあるんだけど。

 いや、実際のところ前編、後編の二部構成になっている本書の前編部分は、最初とっつきにくかった。しかし、本書の要である『サマルカンド手稿本』が誰の手になって書かれ、それがどういう経緯を経て歴史の闇に埋もれていったのかを描くこのパートは、登場人物が確立されてからは、まさに手に汗握る(っていったら言い過ぎ?)危機回避の連続でグイグイ読み進んだ。手稿本の作者であるオマル・ハイヤームのことも初めて知ったし、史上初の自死をもって完遂する暗殺という最強の暗殺集団を作り上げたハサン・サッバーフのことも初めて知った。この探求が持続するおもしろさよ!

 で、その手稿本がある場所に落ちついて第一部は完。後編はそれから800年も後の話。後編の主人公は一人のアメリカ青年。彼はあることがきっかけで『サマルカンド手稿本』のことを知り、それを求めてペルシャに行くことになる。

 こちらもなかなかの吸引力を発揮して、グイグイ読んじゃう。第一部から800年後といっても現代のわれわれからしたら200年も昔の話。まだまだ世界は薄暗い中を手探りですすむような不安定感が充溢していて危険きわまりないんだよね。ここでまた歴史は劇的な瞬間をむかえる。イラン立憲革命だ。なんてエラそうに書いているぼくも、本書を読むまでこのことはまったく知らなかったんだけどね。

 とにかく、歴史が大きく動く瞬間にはその軋轢にまきこまれて多くの命が消え去ることになる。新しい世界は屍の上に成り立ってゆく。二部の主人公であるベンジャミン・O・ルサージは、大きく翻弄され、歴史の渦に飲みこまれてゆく。この部分も多分にロマンティック。そしてオリエンタル。悠久の歴史を漂うサマルカンド手稿本。それにたずさわる人々。いくつもの波がすぎてゆく。

 歴史が刻む優雅な時、相反するようにもがく人々、そしてその中で常に変わらぬ一冊の本。いったいどんな本だったのか見てみたかった。一文字も読むことはできないのだろうけど、その本を開いてみたかった。完全なるフィクション。マアルーフ、素晴らしい読書体験をありがとう。