これは、資本主義的な経済の発展と共に昔ながらの農業を続ける小作農家の家族が土地を奪われ、別天地だと信じるカリフォルニアに大移動する行程を旧訳聖書の『出エジプト記」になぞらえて描いた、一大叙事詩であります。
こう書くと、のっけから小難しい印象を受け本を手にとる気も失せそうですが、いやいや待って下さい。
この本では、小作農家のジョード家に焦点が当てられています。堅実で、まじめで、無骨でもあり、およそ金儲けなどとは縁のない素朴な農民一家。
かれらも、資本主義の象徴であるトラクターに追い立てられ、やむなく故郷を後にし別天地カリフォルニアを目指します。かのモーセがイスラエルの民を率いて、『乳と蜜の流れる約束の地』を目指したのと同じように。
でも、そこに別天地はなく、過酷な現実が待っていました。
本書で描かれるのはどんな苦境の中でも人間としての矜持を保ち、大きな壁に立ち向かう芯の強さです。虐げられたり、災難にあったり、理不尽な扱いを受けたりして目の前が真っ暗になったとしても、歯を喰いしばり、はいつくばってでも前に進んでいく強さ。
いまでは、この本で描かれる状況に陥ることなどないでしょうが、多かれ少なかれ、人生の難関はやってくるものです。その時、ぼくには逆境に立ち向かう強さがあるのか。試される時、顔を上げて前進することが出来るのだろうか。本書を読んでいる間、ずっとそのことを考えていました。
いったい、このジョード家のみんなはどうなってしまうのだろう?
人事ならぬ関心で読み進めていくのですが、本書のラストはまことに不思議な終わり方でした。ここに到って、本書は一気に神々しい光に包まれます。ぼくが感じたのは、天から光が射して、微笑みたまう聖母のイメージでした。そして、こう思いました。人間とは、なんと強い生き物なんだと。
負の状況の中にあって、なおも自分を保ち苦難に立ち向かっていこうとする強靭な精神。その精神力の偉大さ、そして家族の持つ力の偉大さがひしひしと胸に迫ります。
かなり長大な作品ですが、読んでソンはなし。強くオススメいたします。