


世界文学の古典として名声を確立している本書は、スタインベックの代表作でもあり、彼をして「この本
を書くために私は小説家になった」といわしめた傑作である。
こういう古典作品に馴染みのない方もどうか辛抱して、もう少しお付き合い頂きたい。なぜならば、本書
は古典だからと敬遠するにはあまりにも惜しい超おもしろエンターテイメントだからだ。
実際ぼくも本書がこれだけ心をとらえて離さない本になるとは思いもしなかった。
本書で描かれるのは父と子の物語であり、稀代の悪女に翻弄される男の物語である。
人間が人間であるがゆえの様々な葛藤が、巧みに物語に織り込まれ根源的な善と悪の対比と呼応してシン
フォニックな重厚さをかもしだしている。人間は、常に問いかける生き物、自分を理解していない生き
物、障害を乗り越えてゆかねばならない生き物なのだ。いつもつまずいて、どこかに頭をぶつけ、これで
いいのだろうかと自問自答する。賢明であればこそ、間違いもする。邪まな誘惑になびいてしまう。なに
が正しいなんて答えがないから、誰もが悩むのだろう。
本書に登場する人物で真から賢人とよぶべき人物が二人いた。一人は中国人召使のリー。彼の存在は、本
書の中でまぶしいくらいに光り輝いている。ぼくも彼のようになりたい。彼の倫理を貫いた賢明なアドバ
イスは、読んでいて何度大きく頷いたことか。事に対処する彼のやり方は、神々しくさえある。ほんとに
素晴らしい人物だ。
もう一人は、アブラ。彼女は自分の中に獣を棲ませていながらも、それを飼いならし取り乱すことがな
い。一見クールなのだが、じつはとても熱いものをもっている。彼女の頭の良さには敬服した。
忘れがたい登場人物は他にもいる。なんといっても魅力的なのが、サミュエルだ。彼のバイタリティには
恐れいった。死してなおこれほど人々の胸に去来する人がいるだろうか。偉大な存在だった。
あげていけばキリがない。じつをいえば、本書にでてくる主要人物はすべて大好きなのだ。あの悪女のキ
ャシーでさえもね。とにかく読んでよかった。心からそう思った。
どうか敬遠しないでこの新訳で生まれかわった「エデンの東」を読んで頂きたい。そこにあるのは至福の
読書だ。このブログのタイトル「読書の愉楽」は本書のためにあるといっても過言ではない。
これから本書を読もうと思われている方、あなたは本当に幸せだ。