読書の愉楽

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池井戸潤「架空通貨」

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 タイトルからも察せられるとおり本書には架空の通貨が登場する。読みながら、こんなことほんとにあるんだろうかと頭を傾げていたら、過去にも事例があったということなので驚いた。

 『西郷札』といえば、ぼくはまっさきに松本清張の短編のタイトルを思い出す。読んだことはないのだが、タイトルは印象に残っていた。そこでパラパラ拾い読みをしてみると著者の記者時代のエピソードが語られ、これを『さいごうさつ』と読まずに『さいごうふだ』と読んでいたなんて書かれていたりする。

 『西郷札』とは西南戦争のとき西郷隆盛が軍資金の不足を補うために発行した軍票だそうで、いわゆる苦し紛れにばら撒いた悪貨である。権威にものをいわせ上から下へ流れた結果、この悪貨をおしつけられた者はみな破滅したという。本書に登場する『田神札』も悪貨として流通し、多くの人々を呑み込んで壮大なカタストロフィへと向かってゆく。

 まず印象深いのは本書のラスト部分の80ページだ。一つの町が崩壊してゆく様が圧倒的な迫力でもって描かれる。ぼくはこれを読んでキングの「トミー・ノッカーズ」や小野不由美の「屍鬼」のエンディングを思い出してしまった。この人の本は二冊目なのだが、相変わらずのリーダビリティだ。

 はっきりいって本書の設定は少しリアルさに欠ける。だって、父親の経営する会社が不渡りを出したからといって、社債の期前償還を元請会社に直訴しにいく女子高生なんてどこにいる?百歩譲って、日本のどこかにそういう気概のある女の子が一人くらいはいてもいいんじゃないかと納得できたとしても、どうしてその子の副担任の教師が一緒に奔走して事件の渦中に巻き込まれていくのかが納得できない。

 しかし、そんな無理のある設定であるにも関わらず本書はグイグイ読ませるのである。頭の片隅ではこんな教師は絶対いないと常に半鐘が鳴っている状態なのに、それでもページを繰る手は止まらない。なぜなら、本書には力なき者たちが巨悪に立ち向かうという冒険物語の王道をゆく本筋があるからだ。とにかくぼくはそういう話が好きなのだ。立ち向かう相手が大きければ大きいほど、振り上げた拳を打ち下ろす快感も大きくなる。そしておおいに溜飲を下げるのだ^^。

 とにかく、本書は傑作には成りえてない作品だ。しかし、おもしろい。読んでソンしたなんて思わせない迫力がある。乱歩賞受賞後初の長編ということでまだまだ完成度は低いのだが、楽しく読んだ。この人の作品は興味つきない面白味に溢れている。これからもどんどん読んでいこう。