読書の愉楽

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ウィリアム・ピーター・ブラッティ「ディミター」

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 実をいうと「エクソシスト」は読んでいない。ぼくがこのブラッティを意識しだしたのは読み応え抜群のアンソロジー「999 狂犬の夏」に収録されていた中編「別天地館」でだった。これは幽霊屋敷物でありながらミステリとしての結構も備えたハイブリットで、これを読んだときはこの作家凄いなと心底驚いた。その一作のみでブラッティはぼくの中では特異な存在となったのである。

 

 その彼が新作を発表した。まず注目してしまうのはタイトルだ。予断を許さない、おそらく固有名詞だと思われるディミターという言葉の魅力。しかし、これは本書を開けばすぐにわかることなので書いてしまうが、ディミターとは伝説的なスパイの名前なのである。

 

 本書はこのディミターを巡る物語だ。全体の構成として三部に分かれており、第一部が1973年のアルバニア、第二部が1974年のエルサレムとまったく違った場所での話。そして第三部でそれが一つにつながる結構となっている。物語的にはミステリの範疇に入る。第一部ではアルバニアでの尋問いや拷問のシーンが描かれており正体不明の男がその謎の中心に据えられている。第二部ではエルサレムで起こる不可解な事件の顛末が語られる。そしてその様相は次第に人智を超えたかのような神秘性を帯びてくる。

 

 第三部で明らかになる真相は本書をミステリとして限定できるかどうかのきわどい線を反復している。それを良とするか否とするかは読み手次第。また、ここでは最後の最後にあのカーの「火刑法廷」のような結末を迎える。そう、あのおよそ現実的でないにもかかわらず最大級のインパクトを与えてくれる、あの結末だ。

 

 だが、本書ではそのインパクトは得られない。途中の経過で数々の手掛かりがこれみよがしに提示されており、よほどのボンクラでないかぎりその手掛かりが導き出す答えがわかってしまうのである。まさかその方向じゃないよね?と懸念しながら読み進めていくと、それが的中してしまうから本書を読む上でミステリのカタルシスは皆無なのである。

 

 ぼく個人としては、少し残念だった。本書を読んで野心も刺激も感じられなかった。これほどオビに書かれてある言葉に反する感想を持つこともめずらしい。そういった意味では予測不可能な作品だったといえるだろう。