読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2016年 年間ベスト発表!

 今年は、何冊読んだとか書きませんよ。圧倒的に読書量が減ってるからね。もう惨憺たるものなのだ。最近は、遅読にも磨きがかかってきて、一冊読むのに一カ月かかっちゃうなんてこともザラにあったりするから、どうしようもないのである。
 では年間ベストにいってみよう。今年も昨年に続いて、国内海外取りまぜてのベストとなった。



■1位■ 「蜜蜂と遠雷」 恩田陸幻冬舎

 どうしてピアノコンクールを描いただけの作品がこれほど読む者を惹きつけるのか?はっきりいって読む前は、こんなに分厚くてしかも二段組みなんて最後まで興趣が持続するのだろうかと不安だったのだが、それがまったくの杞憂であり、読書好きのみなさんには無条件でオススメできる本だと言いきっちゃうくらい素晴らしかった。久しぶりに読み終わるのが寂しい気持ちになる本だったし、ページを開くのがこんなに待ち遠しい本は、なかった。愛おしくて、読めたことを神に感謝したくなってしまう本、それが本書なのだ。



■2位■ 「ザ・カルテル(上下)」ドン・ウィンズロウ/角川文庫

 このウィンズロウの築きあげた大伽藍を前にしては、為すすべもなかった。沢山の人が死に、目の前から消えていった。それは物語の帰結としてあたえられた名誉ある死なんかではなく、理不尽に奪われた犬死だ。フィクションだと理解して読んでいるのに、このやり場のない怒りと無力感はどうだ?まるで竜巻に巻き込まれたかのような圧倒的な力に手も足も出ない。 やはりここにあるのは『犬の力』。まるで、神話か聖書かってくらいの理不尽さと裏切りが描かれ、夥しい血が流れる。本書を読んで翻弄されるぼくは泡沫だ。この圧倒的な物語の大きな壁の前では、ぼくは一粒の砂でしかない。


■3位■ 「NOVA+屍者たちの帝国」大森望 責任編集/河出文庫

 「屍者の帝国」の魅力といえば、ゾンビ物という定番テーマをまったく別の視点から語り直し(甦る死者という忌まわしい存在を霊素をインストールし制御できる駆動力として描くという素晴らしいアイディア)その嚆矢をヴィクター・フランケンシュタインとすることで、魅惑の19世紀を舞台設定にし、数多くの実在や架空の人物を交錯させることによって伝奇的なおもしろさを加味したところにある。ここに収録されている作品すべてが一読に値するものばかりだが、個人的にはまったくのノーマークだった坂永雄一「ジャングルの物語、その他の物語」が圧倒的に素晴らしかった。傑作だ。



■4位■ 「デットエンドの思い出」よしもとばなな/文春文庫
 
 「キッチン」や「うたかた/サンクチュアリ」以来、久しぶりのばななさん。なんてことない日常に忍びよる不安なものとキラキラした幸せを両立させ、せつなさや肯定や生きる糧や抱きしめたくなる愛情を描いた五編を収めた短編集。薄いし、サラッとスルッと読めちゃうけど、心に居座る何かをもっている短編集。小説としての完成度とかキラメキとか衝撃とか、そういったモロモロのものがゆったりとした情報量でもって流れこんでくるのが快感だ。これは、読んでいる間より読んだあとに多くのものを得る本。そういう本があってもいいんじゃない? 



■5位■ 「仮面の商人」アンリ・トロワイヤ小学館文庫

 大雑把にいえば、本書で描かれるのは史実の信憑性だ。実際に起こったことと、どうしてそうなったのかという事実があって、それを掘り起こして語る場合、いったいどこまで真実に近づけるのか?という話。「HHhH プラハ、1942年」の著者のローラン・ビネが何度も立ち止って苦悩していたことを、トロワイヤはさらっと描いちゃってる。後付けの栄光は人をたらしこむ。過去の記憶は都合よく改竄され、より栄光に近づこうとする。それは必然であり、多かれ少なかれ誰もが経験していること。トロワイヤもこんな話を書いちゃって、ほんと人が悪い。彼が史伝、評伝を得意とする作家だからこそ本書のおもしろさも特別の感慨をもって伝わってくるのだ。


■6位■ 「黄金の烏」阿部智里/文春文庫

 今年はこの八咫烏シリーズにハマった年でもあった。本書はシリーズ三冊目、だから代表しての一冊という形での選出だ。食わず嫌いなんだろうけど、本来歴史ファンタジーっていうのはあまり読まない傾向だし、ゆえに上橋菜穂子荻原規子の超有名作もあまり読もうとは思わない。でも、本シリーズにはハマっちゃいました。このシリーズを読んで感心するのはこれだけの世界を構築して、なおかつそのバックグラウンドまでしっかりプロットを固めているってところ。もうすべては作者の頭の中で完成しているのだろうね。これからもまだまだ続いていきそうだし、これは本当に楽しみなシリーズ。ああ、はやく続きがよみたい!
 

■7位■ 「赤めだか」立川談春/扶桑社文庫

 本書で描かれるのは、談春が高校を中退して立川談志の弟子になり、前座から真打になるまでのおよそ十年あまりのあれやこれやである。談春の家元への思慕は、もうほとんど恋人に対するそれなのだ。だからすべてのエピソードが愛おしい。過去を回想して、談春は綴っているのだが、そこに悔恨はなく黄金の日々が輝いている。これも読み終わるのが惜しいと思える本だった。もう家元は亡くなってしまったが、談春の心の中にはいつも談志がいる。ぼくは、その世界に引き込まれて、落語という新しい分野に飛び込んでゆく。ぼくの心の中にも談志が、志の輔が、談春が、志らくがいる。本書も本当に楽しい読書だった。



■8位■ 「ヤギより上、猿より下」平山夢明文藝春秋

 モーレツにお下劣だけど、地に堕ちたところがないのが平山作品の良いところ。正統とは正反対のところを独自のスタイリッシュさで易々と軽々とのほほんと描き切ってしまう余裕がうらやましい。この感覚は素晴らしいです。表題作なんて、かなり高品質な無国籍ウェスタンって感じで、語り手が秀逸。ハギクがとっても素敵。つい先日のアメトーク『読書芸人』でメイプル超合金カズレーザーが推していた本でもあるが、これは好きな人はかなりハマっちゃう一冊なのであります。



■9位■ 「挑戦者たち」法月綸太郎/新潮社

 本書はミステリ好きにはお馴染みの「読者への挑戦」を完全にパロったいままでにない挑戦を試みている本なのである。法月氏レーモン・クノーの「文体練習」に触発されて、読者への挑戦を99通りも書きだしている。さまざまな文体、多様な様式、過去の有名作を下取りして、模写したりパロったり茶化したり。かと思えばネットのソースを持ち出してきたり、果てはいきなりQRコードが出てきたりとまことに節操のない遊びようなのである。しかし、それだけにとどまらず、ところどころに独自のキャラクターが顔を出し、なんだかいろいろ事が起こり、読みすすめるにしたがってミステリとしても機能するという仕掛けがあったりしてなかなか楽しめるのである。あ、そうそう本書の初版には素敵な『プレミアム挑戦状』がついていて、正解者全員に直筆ミニサイン色紙をプレゼントという企画があったのだが、これ、正解いたしました。色紙送ってまいりました。うれぴ。



 
■10位■ 「高麗秘帖―朝鮮出兵異聞」荒山徹祥伝社文庫 
 
 愚者として君臨する太閤秀吉最大の愚行である朝鮮出兵を描く大作。日本人であるぼくが読んでさえ、朝鮮の肩をもち、李舜臣を応援してしまう快作。総ページ630あまりのなかなかの読み応えだ。朝鮮出兵についてはもちろん細部までどんなことがあったかなんて知らなかったが、本書を読了後いろいろ調べてみると、ここで描かれる基本の出来事はほとんど史実なのだそうだ。そこに作者は伝奇要素をたんまりと盛り込み、潤沢で骨太の物語を構築しているのである。だから少々突飛な事が起ころうとも物語はまったくゆるぎなく堂々とすすんでゆく。ほんと頼もしい限りなのだ。山田風太郎のおもしろさには及ばないが、とても楽しめる一冊だった。


 というわけで以上が今年のベスト10。来年こそは、もっともっと本を読んでいきたい。本当だとここにキングの「ミスター・メルセデス」が入ってくる予定だったのだが、どうしても間に合わなかった。いま下巻のちょうど真ん中あたり。年明け一発目の記事はおそらくこの本になるでしょう。並行して「本格力」も読んでいるが、これもおもしろい。そのうち記事にしましよう。というわけで、みなさま本年もお付き合いありがとうございました。来年もどうかよろしくお願いします。