読書の愉楽

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スティーヴン・キング「ミスター・メルセデス(上下)」

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  キング御大初のミステリ長編なのであります。といっても、何がどう変わっているかといえば、何も変わらずいつものキングなのであります。ま、本書が正攻法のミステリとして書かれた作品として大きく取り上げられた上にエドガー賞まで獲ってしまったから『初の』なんて冠ついちゃってるけど「ミザリー」や「ドロレス・クレイボーン」や「ローズ・マダ―」なんかも範疇でいえばミステリだし、「ジョイランド」は公然とミステリだもんね。

 ミステリといっても純然としたロジック重視のものではなくて、どちらかといえばクライム・ノベル寄りのサスペンス小説だ。だから読者は、ただ単純に追う者と追われる者の話を楽しめば良い。

 事件の発端で描かれるのは市民センターの前で就職フェアの開場を待つ人たちの行列に、メルセデス・ベンツが突っこみ多数の死傷者を出す事件。暴走車の犯人は捕まらず、その事件を担当していた名刑事ビル・ホッジズは解決をみる前に定年退職してしまう。

 妻と娘にも去られ、自殺願望にとりつかれているホッジズ。テレビの前に座って缶ビールと拳銃を弄ぶだけの彼の元に一通の手紙が届く。あのメルセデス・キラーからの挑発の手紙だ。長々と綴られた手紙を読んだホッジズはふたたびあの卑劣な殺人鬼を追う決心をする。

 ちょっと端折りすぎ?でも、こういう感じで物語は始まる。多大な自信を持ち元刑事を挑発する犯人と、昔の刑事魂をよみがえらせた元刑事。それぞれの思惑が思わぬ展開を生み物語は大きくうねってゆく。この元刑事ってのがミソで、こういう設定にすることによって追う者はかなりの自由度を与えられる。刑事だったら、こうはいかないよなという展開になったりする。犯人の造形もキングらしくディティールが詳細に書き込まれるので、その部分だけでもかなりおもしろい。
  
 とここまでが上巻読了時の感想。そして以下が下巻も読み終わった今の感想。

 で、これがどうだったかというとちょっと微妙な感じなのだ。いやいや決しておもしろくないわけではない。そこはキング、凡百の作家が束になってもかなわないほどのストーリーテラーとしての本領は発揮しているのだが、ファンとしての欲目でみると少し物足りなく感じた。

 要は、あっさりしすぎているのだ。追う者と追われる者の攻防が昔のキングだったら考えられないほどすんなり決着ついちゃって肩透かしの印象がぬぐえない。この部分が本書の中では一番盛り上がる部分であるはずなのに、それが焦らされることなくハラハラさせられることなく簡単に決着ついてしまうのだ。これは「ドクター・スリープ」でも感じたことだ。だから最近のキングは角がとれてきたなあと思ってしまうのである。ま、本書の犯人との対決は次作にも引き継がれる事案なんだろうけどね。主人公ホッジズをはじめとして、彼をサポートする面々や犯人の人物設定は素晴らしく、描き分けは完璧で無駄がない。だが、犯人のバックグラウンドが描かれる部分だけは、唐突な印象を受けた。それが違和感として最後まで残ってしまったのかもしれない。これはこれで独立した物語として充分すぎるほどおもしろいんだけどね。

 しかしなんだかんだいってもこのシリーズ是非とも続きを読みたい。次にどんな事件が待っているのかとても楽しみだ。ホッジズと仲間たちが今後どう活躍するのか、またどんな運命が待ちうけているのか気になる。次は伝説となった作家の未発表原稿に関する事件らしい。今回とは180度違ったアプローチが楽しめるんじゃないの?あの三人がどう活躍するのかほんと楽しみだ。