読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」

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 これはみなさんもご存知のように刊行される前からかなり話題になっていた本だ。伊藤計劃の絶筆をプロローグにし、その続きを円城塔が書き継いだ。物語の舞台は19世紀末のロンドン。屍者に擬似零素をインストールし状況に応じたプラグイン(例えば御者プラグインだったり、執事プラグインだったり)をさらにインストールすることで社会で運用することが日常になっている世界。かのヴィクター・フランケンシュタインが最初の屍者を創造してからおよそ100年。世界は使役する屍者で溢れかえっていた。英国の諜報員として任命を受けたワトソンがある調査をするためにボンベイ経由でアフガニスタンに渡る。やがて浮上する一人の人物。それはヴィクター・フランケンシュタインが創造した一番最初のクリーチャー『ザ・ワン』と呼ばれる人物だった。



 これほどワクワクする話もないのだ。19世紀を舞台に実在と創造の有名人物を散りばめ、ホラー要素たっぷりのスチームパンク冒険譚が繰り広げられるのだから堪らない。事実、読んでいる間中、次々と登場する有名人に驚いた。ここでその名を挙げるのは未読の方に対してのマナー違反になるのでやめておくが、まさかこんな人が!という驚きがけっこう持続していて楽しめるのは間違いない。だって世界文学全集では常連のあの物語とあの物語のあの人物や、実在するあの人物の父親なんかが不意にあらわれて驚かせてくれるのだ。第二部では舞台が日本に移り、ここのパートを読んでいる間、まるで風太郎の描く明治物を読んでいるようなときめきがあった。ほんと、うれしい驚きだった。

 

 だが、こういうなんでもアリ的なエンタメ要素の強い物語にもかかわらず、中盤を過ぎたあたりからぼくの苦手とする円城節が幅をきかせてきて少し辟易としたのも事実。どうもぼくはこの円城氏の描く観念と飛躍したロジック的な話のすすめ方が苦手なのだ。この中に入ってしまうと会話すらもぼくの中では成立してこない。何度も何度も同じ行をたどってしまう。ま、これはひとえにぼくの理解力のなさが原因なのだけどね。

 

 しかし、とにもかくにも物語は終結する。そして、最後の最後で思わぬ円城氏の現実をトレースした言葉に出会い涙があふれる。この数行のくだりは何度読んでも涙がでてくる。感動の波がおしよせる。

 

 途中、いろいろと不満に思ったこともあったが、その不埒なおもいは最後で一掃された。

 

 円城さん、本書を書き継いでくれてありがとう。この物語を完結させてくれてありがとう。ぼくは、この本を読めて本当にしあわせでした。あなたの偉業を心から讃えます。