読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

パートナー・オブ・ライフ

 悲しみはさりげなく寄りそう。目尻に、小さな肩に、長い髪に。けっしてヒロインになりたいわけでもないし、なろうとも思ってない。ただただ普通に生きていきたいだけ。特別な日なんていらないし、変化もなくていい。わたしは目立たない、ごく普通の女なのだ。でも、時に女はなりたくもないヒロインになってしまうことがある。失恋は、間違いなくその筆頭だ。
 
 昨日、わたしは死んだ。燃え尽きて、灰になった。だから涙も出ない。ヒロインの影をまといながら(傍目にどう見えているかなんてわからない。これはわたしの主観)長い時間をかけてわたしは発酵しつづけた。悲しみは、いつまでたってもわたしのもとを去らない。激しい嵐の時間がすぎたあとも、さりげなく寄りそって、わたしにまとわりついている。
 
 「いつまでも一緒にいられるとは、思えない」

 

 なんて言葉。あっさり「別れよう」って言われてる方がずっとマシ。その言葉を聞いたときからわたしの心はさまよっている。でも、さまよっている人すべてが迷子ではない。トールキンもそう言ってた。だから悲しみがあったとしても、お腹はすく。わたしは心をさまよわせたまま夜の台所をさまよった。

 

 いつもなら、冷蔵庫を開ければ、かなりの食材(贖罪?)が詰めこまれていて、空腹を満たすのになんの苦労もいらないのだが、こんな日に限っていくつかの調味料と脱臭剤以外なにもなかった。

 

 とりあえずマヨチュッチュして、卑しくなった口をなだめる。その後バターの欠片を口に含みゆっくり溶かして、脂肪摂取に磨きをかける。ふうーっ、ちょっと落ち着いた。冷たい麦茶を飲んで一息いれる。

 

 ホセの野郎、なんでわたしを振ったんだ?あんなに尽してたのに。夏休みに会ったメキシコの叔母さんも、わたしのこと気にいってくれてたじゃない。やっと、あんたのキツイ体臭にも慣れてきたっていうのに、わたしの純情どうしてくれんのよ。

 

 歴史は繰りかえす。出会いと別れ。世界でいまでも何億、何兆と繰りかえされているあたりまえの出来事。でも、それは当事者にとっては一世一代の大事件に匹敵する出来事だ。ああ、神さま、これから一生足がくさくなってもかまいませんから、時間を巻きもどしてください。絶望を越えると、人はそんな無謀な願いを真剣に叶えようとする。その願いが叶えられないのなら、500個のニンニクを生で食べて死んでやろうかとも思う。

 

 おいで、莉子。あなたを待っている人が絶対いるはず。出会いは無限。倒れても起きあがれ。負けてもあきらめるな。そうやって自分を鼓舞して、わたしはやっと濡れた枕に頭を沈める。そうだ!明日、英会話教室にいこう。こんどはスペイン語じゃなくて、英語を話せる女になろう――――――。

 

 というわけで智美、あなたのおばあちゃんはジョゼフおじいちゃんと連れあいになったのよ。名前は一緒でも、ホセとジョゼフじゃニュアンスが違うでしょ?おばあちゃんは、今の連れあいで本当に良かったって思ってる。ジョゼフがいたから、おまえが生まれたのよ。神さまに感謝よね。