本書には三つの短篇が収められている。巻頭の表題作でもある「江利子と絶対」は、引きこもりの女の子
が主人公。引きこもりといえばネガティブな連想に結びついてしまうものだが、この短い話に出てくる引
きこもり少女の江利子はなかなかエキセントリックだ。『電車の横転事故で死傷者12名』というニュー
スを見て前向きになろうと決心し、虐待され巻きつけられた針金でボンレスハムのようになったみすぼら
しい犬を拾ってきて絶対という名前をつけ、不器用ながらもどうにか自分の生きる道を切り開こうと努力
する。とりたててどうこういう作品でもないのだが、やはりこんな小品でも作者の持ち味が強烈に感じら
れる。端々に行き渡る本谷節とでもいおうか、エピソードの一つ一つが小憎らしい。
次の「生垣の女」は本谷版「座敷女」である。しかし、こちらは不気味さよりもユーモアが強調されてい
てかなり笑える作品だ。主人公である冴えない中年男の多田は、仕事の帰り道に生垣の隙間に無理矢理か
らだを押し込んで小声でブツブツ何かをつぶやいている不気味な女、アキ子に遭遇する。アキ子は多田の
住んでいるアパートの隣の部屋の男に執心するストーカーであり、強引に多田の部屋に乗り込んできて居
座ってしまう。ここで注目したいのは多田の人物造詣だ。若はげだった学生時代に怪しい外国人にだまさ
れ増毛手術をした結果、頭皮から微量の出血が止まらなくなってしまった彼の頭を見た人はみな「脳剥き
出し?」と思ってしまう。だから研究所から逃げ出したんだという噂が広まったこともあったし、元々ネ
ガティブだった性格にさらに拍車がかかってしまうことになった。そんな彼の心の拠り所である飼い猫の
名前は菊正宗。この作品にはホント笑ってしまったが、これだけ残酷なことを描きながら笑えてしまうと
ころが素晴らしい。
ラスト「暗狩」は、正真正銘のホラーだ。これには驚いた。エンターテイメントに徹して書いたと本人が
いうとおり読み出したら止まらないノンストップホラーだった。ぼくは、この作品がホラーだという予備
知識なしで読んだので、小学生が主人公のこの作品がまさかこんな怖い話になるとは思いも寄らず、ゾク
ゾクするスリルを味わった。ジワジワと不気味さが強調されていく過程に鳥肌が立った。
しかし、ここで描かれるホラーに目新しさはない。ホラー映画の定番といえば勘のいい人なら、すぐにあ
あ、そういう話なんだとわかってもらえると思う。それでも、やはり読ませる。手垢のついたテーマを題
材にこれだけ盛り上げてくれるんだから、こちらとしてはお見逸れしましたと頭を下げるしかない。
というわけで非常に短い本なのだが、かなり満足した。この人やっぱり大好きだ。目が離せなくなってき
ましたぞい。