読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

新野剛志「キングダム」

イメージ 1

 暴走族のOBが、のし上がって犯罪エリート集団を指揮し巨額の利益を上げ、ヤクザとも互角以上に張りあう勢力となってなんちゃらかんちゃらというお話。

 

 このなんちゃらかんちゃらの部分が本書の面白味なので、詳しくは書かない。裏社会の掟と犯罪を生業とする普通じゃない人々、圧倒的多数で描かれる悪の意匠の前に平々凡々と暮らしてきた甘ちゃんのぼくは言葉もなくひれ伏すばかり。間違いなく、本書で描かれるこのダークな世界に放りこまれたら、ぶっちぎりで一番最初に死んでしまうのはぼくに違いないと思いながら読みすすめていった。

 

 しかし、本書の主人公である真嶋貴士はありえない存在だ。いったいどういう経緯でいまの地位を得たのか?なんでそんな嗜好なのか?やーさん相手にどうしてそんな強気で出られるのか?

 

 そういったところにこだわると、本書の世界があまりにも現実離れしたものに感じてきて少しシラけてしまうこともしばしば。だって、ああた、やーさんのそれもかなり地位の高い人の携帯を奪いとって、車がばんばん通っている車道に放り投げてしまうなんて大それた事するんですよ。で、ああた、そんな自殺行為をしながらも、のうのうと生き残ってるって信じられる?いや、ないない。そんなこと現実世界ではありえない。

 

 はっきりいって本書に登場するやーさん達は、怖くないのだ。脅威としての大きな恐怖が背後に感じられないし、剥き出しの暴力も常軌を逸した独自の論理もない。本来なら、この唯一の脅威である巨大な敵をもっともっと恐ろしく強大に描いて真嶋と対立させる構図をとるべきなのに、作者はその常套を良しとせず、あまりにも現実離れした闇の世界を突きすすんでゆく。

 

 現実離れといえば、本書にはあっぱれなニンフォマニアがお二人登場する。これも、ああた、あまりにも常人離れしすぎていて驚くことこの上ない。だって、久しぶりに会った相手を前に自分の股間をおさえて「やろうよ。ここでして」なんて路上で言う?いや、ないない。そんなこと現実世界ではありえない。

 

もう一人のニンフォマニアも、高校生のクセして――――――以下、自粛。
 
 どうですか?こんなに普通じゃない世界なのに、作者はそれを当り前に描いてゆくのである。これでもテンション高く、たとえば戸梶圭太の描くとんでも疾走感キラリ的な話だったら、そういうのもアリかなとも思うのだが、あくまでも作者は真面目にこの世界を描いてゆくのである。それを間の当たりにする読者としては、どうしてもその道筋に素直に従えない気持ちが勝ってしまう。少なくとも、ぼくはそうだった。だから、なんの弊害もなくエンターテイメントとして充分に楽しんで読了しても、少し不満は残ってしまうのだ。いってみれば、おいしい食事を腹一杯食べて消化不良をおこしてしまった感じ?

 

 以前読んだ「もう君を探さない」は、ハードボイルドとしての体裁はなかなかのもので、警句に満ちたシニカルな言い回し、失踪人探しを軸にして展開する起伏に富んだ物語にとても感心したおぼえがある。あの一冊だけなら、間違いなくこの人はマストな作家さんの仲間入りだったのだが、本書を読んだいまでは傾向の変化に少し戸惑っている。

 

 さて、みなさんここまで読んでどう思いましたか?決しておもしろくないわけじゃなく、最後まで興趣をつないでくれるストーリー展開ではあるし、闇社会の残酷さにも直面させられる部分もある。自分の目で確かめてみようと思いましたか?いったい本当のところはどうなんだ?と思いましたか?この文章を読んで心の中がモヤモヤした方は是非本書を読んで、そこんとこご確認ください。