キングとストラウヴの共著である「タリスマン」の続編なのである。しかし、続編といっても本作はほとんど独立した作品であって、前作を読んでなくてもなんら支障はない。ただ、「タリスマン」の世界を経験した読者だけに与えられる特権として、ある種のノスタルジックな感慨があるのは事実だ。
ここで「タリスマン」をご存じでない方に少しだけその内容を紹介してみよう。主人公はジャック・ソーヤーという12歳の少年。彼の母親はB級映画の女優だが、癌に侵されている。彼らはアメリカ東海岸にある保養地で静かに暮らしている。バックグラウンドとして、ソーヤーの父はすでに亡くなっていること、その父がハリウッドで経営していた俳優のエージェント会社の共同経営者であるモーガン・スロートが会社の経営権利をよこせとジャックたちに圧力をかけていることなどが語られる。
そんなある日ジャックは休業中の遊園地でスピーディという黒人に出会い、彼から不思議な話を聞く。ジャックの母親を助けるには、もう一つの世界である『テリトリー』へ行き、タリスマンを手に入れ、そこの世界にいるジャックの母親の分身である女王を助ければよいというのである。
ジャックはスピーディの導きによって『テリトリー』へと跳躍する。しかし、それは12歳の少年にとってはあまりにも過酷な旅のはじまりだった。
以上が「タリスマン」の導入部。ジャックはテリトリーと現実世界を行き来しながらタリスマン探索の旅を続けることになる。これが先にも書いたとおりかなり苛酷な旅で、読んでいて辛いおもいをすることが何度もあった。だから少年の成長物語としてもかなり秀逸な作品なのだが、これが世間一般ではあまり評価がよくない。確かに長大でいささか冗長なきらいはあるが、ぼくはこの作品かなりお気に入りなのである。
で、本書なのだが、ここでは大人になったジャックが登場する。彼はロス市警でかなり優秀な刑事だったのだが、あることがきっかけで辞職し、いまはウィスコンシンの田舎町に引っ越そうとしている。しかしそこでは、子どもばかりを誘拐して殺害し、その遺体を食べるというサイコなシリアルキラーが暗躍していた。現地の警察署の絶大な信頼を得ていたジャックは、事件の解決に協力してほしいと依頼され、捜査にのりだすが、そこでかつて自分が壮大な旅をした『テリトリー』の存在を思い出す。
本書のおもしろいところは、その語り口だ。なんせ、開巻早々読者は作者と一緒に舞台となる町の上空二千フィートの場所を浮遊しているのだ。そしてそこから、自由に飛びまわり午前六時の町の営みを観察してゆくことになる。なんとも奇妙な感じだ。読者は作者のナビによって自由自在に好きなところに入り込み町の秘密を知ってゆくことになる。そしてもう一つの特徴はその語りが悠長なところだ。主人公であるジャックが登場するのはなんと百ページを越えてからなのだ。そうやって、現実の凄惨な事件とそれを浸食するように物語に食いこんでくる『テリトリー』のことが語られる。ま、『テリトリー』が完全に露出されるのもこの上巻の最後のほうなんだけどね。
さて、こうして上巻は閉じられた。役者が出揃い背景が語られ、テリトリーが浸食してきた。タイトルにもなっているブラック・ハウスはひっそりと静かに森の奥で出番をまっている。この先、物語がどういう展開をみせるのか、乞うご期待。
ブラック・ハウス〈上〉
ブラック・ハウス〈上〉