読書の愉楽

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フェルディナント・フォン・シーラッハ「コリーニ事件」

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 シーラッハ初の長編ということで期待して読んでみたが、これがとてもオーソドックスな作品で前二作の短編集とはまたった印象をもった。今回の事件はとてもシンプルだ。もう古希に手がとどきそうな老人が大金持ちの実業家を射殺し自首した。だが、彼は殺したことは認めてもその動機をいっさいしゃべらなかった。彼の弁護を引きうけたのは新米弁護士のライネン。しかも被害者の実業家はライネンの子ども時代の友人の祖父だったのだ。多大な恩を受けた知人を殺した男を弁護することになるというこの奇妙な状況に悩みながらも、ライネンは事件の真相を見極めるために奔走する。

 

 この動機がわからない殺人というのはミステリとしては定番の謎であり、いってみれば本書は「半落ち」と「砂の器」を合わせたような構造という印象を受ける。どうして殺したのか?なぜ何も供述しないのか?そして事件の真相を探るうちに、過去にあったある出来事が浮上してくるのである。

 

 ぼくは本書を読む前から、おそらく真相にはあの歴史的事実が関わっているのだろうと見当をつけていたのだが、そのとおりだった。その上予想していた状況までもがある程度そのままだったので正直あまり驚きはなかった。その点ではもう少しヒネりがあってもよかったなと思うのだが、本書の良さはその短さにある。普通の作家ならこの筋立てにもっと肉付けをしてボリュームをアップするのだろうが、シーラッハはその部分についてはとてもストイックだ。事件の真相を語る部分にしても、もっとドラマティックに盛り上げて書くことができるだろうと思うのだが、彼はそれをしない。前二作の短編集もそうだったが、彼の筆はとても簡潔で無駄がない。やはりシーラッハ作品の良点はそこにある。シンプルさがもつ独特のリズムが新鮮なのだ。

 

 だが、最初に書いたように本書の事件自体はとてもオーソドックスで前二作の短編集から受けたような鮮烈な印象はなかった。しかし、本書の刊行によってドイツの法務省があらたな検討委員会を立ち上げたという事実は素晴らしいことだと思う。

 

 最後にひとつだけ、どうしてライアンはコリーニの動機を発見できたのかがよくわからなかった。この部分の説明がなかったんだよね。