読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

白河三兎「私を知らないで」

イメージ 1

 父親の仕事の都合でしょっちゅう引越しをしているベテラン転校生の中学生の男の子が主人公。彼は転校するたびにその学校での仕来りをリサーチし、生徒たちの関心を敏感に察知し、自分の立ち位置を固め居場所を確保してゆく。またいつ引っ越すかわからないので親しい友人ができてもすぐに心の切り替えができるよう冷静に状況を分析し、私情にとらわれないある意味冷酷な判断力もかね備えている。こう書けば、なんて狡猾でいけすかない奴だと思われるかもしれないが、その点はあまり気にはならない。ただ、彼もそうだが、彼を取りまく他の子たちもひっくるめて、本書に登場する中学生はあまりにも老獪だ。ちょっと言葉が過ぎたかもしれないが、こんなに冷静な判断力をもった悪賢い中学生がそうそういるのだろうかという疑問が常にあった。百歩ゆずって、その設定自体を受けいれたとしても、本書のストーリーは破綻している。書き下ろし作品なのに、すべての設定の謎が明かされたくらいから今までの勢いが急に失速し、アラが目立ちはじめる。一応衝撃の真実ってのがあって、それが最初から引っぱってきたさまざまな普通でない設定の説明になっているのだが、これにしたってその後の展開が陳腐だからまったく際立たないし、逆に浮いて見えてくる。描かれるテーマは重いもので、これが話自体を引きしめてしかるべきなのに物語の到達点を無理やりハッピーエンドにもっていったものだから、すべてが茶番にしか見えなかった。辛辣に書いてしまっているが、ぼくはこの人嫌いではない。他の作品も読んでみたいと思っている。

 

 ところどころに入ってくる警句めいた言葉や新鮮でハッとするような比喩がなんとも心地よいのだ。

 

 本書はデビューしてから三作目だということなので、こんどはデビュー作を読んでみようかと思っている。今後の活躍も期待していよう。本書は、そんな可能性が感じられる作品だった。