七編収録の短編集。収録作は以下のとおり。
「アリスへの決別」
「リトルガールふたたび」
「七歩跳んだ男」
「地獄はここに」
「地球から来た男」
「オルダーセンの世界」
「夢幻潜航艇」
あとがきに書いてあるのだが、ここに収録されているほとんどの作品には先行作品があって、いわば作者はそれを自分なりに消化してそれを元にこれらの短編を完成させているのだが、これは先に読んだアチャーガの「オババコアック」の最終章に書かれていた過去の文学をテキストとして引用する方法論そのままだったので少し驚いた。なんとも奇妙な同時性だ。こういうことがあると本書のラストに配されている「オルダーセンの世界」と「夢幻潜航艇」で描かれる亜夢界という概念もあながち的外れじゃないなと思えてしまう。しかし、これがとても奇妙な論理を扱っていて量子論を噛み砕いたうえでの説明が取り入れられているが、これはすんなり飲み込めない。単純なパラレル・ワールドでもないし、もともと『シュレディンガーの猫』の思考実験はあまりピンとこなかったのだ。観測するものと観測されるものの関係性は説明では飲み込めるのだが、実際それが干渉する世界の成り立ちがよく理解できない。だからぼくはこのラストの二編はあまり気に入らなかった。
表題作は世界の反転が楽しめる少し感傷的な作品。表現とそれを取り締まる世界の成り立ちへの危惧を描いていて秀逸。「リトルガールふたたび」は過去の歴史を教師の口を通して語りなおすという構成が光る作品で、ネット社会が引き起こすある顛末が語られるのだがそれが妙に説得力をもっているから怖い。
「七歩跳んだ男」は、月で宇宙服を身に着けずに基地の外へ出て死んだ男の謎を追っている。ミステリとしてもなかなかいい線いってるんじゃない?
「地獄はここに」は、構造自体は単純なんだけどもグイグイ読ませる作品で、インチキ霊能者を語り手にもってきたところがおもしろい。あとがきで触れられている『うちの子にかぎって・・・2」の第9話「転校少女にナニが起こったか?」は、ぼくも大好きな回で実をいうとこのドラマを観てはじめて小説を書いたことがあった。いわゆるノベライズだね。
「地球から来た男」は映像にしたらさぞかしダイナミックな美しいSFになるだろうと思われる作品。ここに出てくる小惑星船のイメージはあまりにも壮大だ。これだけでもかなり楽しめるが本作の眼目はそこにはない。ここでは密航者が誰なのか?という謎が最初から最後までを貫いている。その答えは読んだ者には歴然としているのだが、明確な解答は書かれていない。これも掘り下げればなかなか鋭い批評になっていると思う。
というわけで、この扇情的な表紙からは想像つかないくらいかなり読み応えのあるSF短篇集となっている。未読の方はぜひご一読を。