無残に横たわる無数の死体が描かれた表紙と、タイトルの不穏な響きで本書で描かれる世界がとても不気味で惨たらしいものだと思ってしまうが、決してそんなことはない。
本書で描かれるのはスタイリッシュでクールなプロフェッショナルの世界。堅牢に構築されたSF的なイマジネーションの中で9.11以後のテロの脅威にさらされた世界の行末がロジカルに展開する。
正直、これがデビュー作だということに舌を巻いた。確かに、その世界観は某ゲームの世界とシンクロする部分もあるが、それは大した瑕疵ではない。
主人公である影の暗殺部隊で活躍するグラヴィス・シェパード大尉がいささか内省的な男で、始終自分の在り方を省みているところも見方によっちゃあ煮え切らない男と映るかもしれないが、この男がおかれている立場を考慮すると、これはこれで説得力のある心理作用だと思われる。
とにかく何が素晴らしいといって、まるで見てきたかのように語られる大嘘の世界が限りなく本当に近づいている点がすごいのである。ヘタをすると、これは本当にあったことなのかと思い込んでしまうような確実で的確な構築美とでもいおうか。
本書を少しでも読めば、この作者がタダモノじゃないってことはすぐにわかると思う。自信にあふれ着実にページを繰らせるリーダビリティに富み、該博な知識に裏打ちされた様々な事象が興味深く語られる。
また、タイトルにもなってる虐殺の器官の完璧な理論はどうだろう。これを完璧といってはいけないのだろうが、この物語の中では完全に説得されてしまった。そして、ラストにおける頭打ちされるようなショックな展開。う~ん素晴らしい。独走とでもいうべき、佐藤亜紀スタイルの描かれ方にも好感を持った。
この人はちょっと、追いかけていこうと思いまする。
と、ここで本書の内容紹介をしてなかったことに気づいたが、ま、いいか。この文章を読んで興味をもたれた方は、自分で手にとって、裏表紙の内容紹介でも読んでいただきたい。そして、すぐさまこのスタイリッシュでクールな世界にダイブしていただきたい。と、ぼくは思うのであります。