本書を読んでる間中ずっと念頭にあったのは境遇だ。人が生きてゆく上で避けることのできない自分のいるべき場所というものを強く思った。子どもは勿論、親も相手を選ぶことはできない。そんな当たり前のことに激しく動揺してしまう。本書の主人公であるイブという少女は生まれつき耳が聞こえない聾者である。彼女の姉もそう。二人は音のない世界に産声を上げた。母親であるクラリッサは夫ロメインに虐げられている薄幸の女性。貧困で粗雑な家庭で育つ二人は、チンピラであり人生の落伍者である父の存在に脅かされながらもクラリッサの愛を満身に受けて健やかに育ってゆく。だが、この世に生まれたときからたちこめる暗雲はやがて二人の少女と傷だらけの母親に目の前が見えないほどの雨を降らせ細々と暮らす彼らの足元を掬って押し流そうとする。
だが本書で描かれるのは女たちなのだ。か弱いはずの女たち、守ってもらうべき女たちが自らの手で不運をはねのけ、薄汚い悲惨な運命に立ち向かってゆく。だからそこには多くの涙と血が流れる。理不尽で避けることのできない負の法則を無理やりにでも正しい方向にもっていこうとする女たち。
彼女たちは常に戦っている。何と?理不尽な男尊女卑の社会と。理解するより先に繰り出される拳と。ちゃちなプライドと男らしさを履き違えたクソったれたちと。
虐げられる者の物語は数多く読んできたが、これほどまでに神々しく力強い女たちの物語は初めて読んだ。詩的な言葉と掃き溜めのような現実が容赦なく読む者の頬を殴りつけてゆく。痛くて痛くて声を上げて泣き出しそうになってしまうしそれほどまでに辛い物語なのだが、それゆえに心にいつまでも残るとても重い物語となりえている。
素晴らしい物語だった。是非とも多くの方に読んでいただきたいものである。