読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ワールズ・エンド

 最果ての国では季節がまばらだった。秋の次に夏がきたり、春の次に冬がきたり、夏が二回おとずれたり、まるでデタラメに季節がやってくるので、ぼくはしょっちゅう風邪を引いていた。

 ここへきてもう二年。すっかり馴染みましたといいたいところだが、正直まだここの暮らしには慣れていない。
 とにかくここではいろんなことが起こりすぎるのだ。

 たとえば今朝のことである。

 朝の新聞を取りこみに玄関に行ったら、新聞受けに切断された手首が入っていた。ここ最近このあたりを徘徊している連続殺人鬼の仕業だ。こいつのおかげで、週に二回は切断された人体の一部をどこかで見かけるようになった。以前に住んでいたところでもシリアルキラーはいたが、これほど頻繁に人を殺す奴はいなかった。
 やはりデタラメにおとずれる季節のせいだろうか?そういう気候は人の精神にまで影響を及ぼすのだろうか?

 また、こんなこともあった。

 三日前のことだ。ぼくは市場に買い物に出かけていた。ドルイドの杖を求めていろいろ物色していたら半分腐った人魚が売られていた。下半身の魚の部分のほとんどが食いちぎられて肉や骨が露出していて、そこから嘔吐をもよおす強烈な臭気が漂っていた。それなのに上部の女性は神々しいまでに美しいのだ。死ぬことのできない人魚は海にかえせばこれくらいの傷は完治してしまうのだろうが、陸にあげられればそれも叶わず、腐れてゆくまま生きていくしかない。痛々しくて、忌まわしくて、生々しい下半身と美しくて神々しい上半身。相反する二つの要素が同時に存在する様は、ぼくに激しい混乱
をもたらした。

 そういえば、一週間ほど前には市場のド真ん中で噂のイワンに会った。彼は身体に電気のコンセントを埋めこんでいて、いつでも電気がつかえるようになっている。電源は自己発電なのだそうだ。

 「きみがセンダックか?」イワンはぼくを見るなり、そう声をかけてきた。

 「いや、ぼくはセンダックじゃない」名乗る必要もないので、否定だけしておく。

 「おかしいな、確かにきみがセンダックだっていう証拠をぼくは掌中にしているんだけどね」変な言い回しを使う奴だと思いながら、ぼくはこの会話を楽しんでいた。

 「へえ、それはどういう証拠なの?よかったら教えてよ」

 「コーヒー飲む?」そう言いながら、イワンはしょっていたリュックから電気ポットを取りだし、皮袋の水を入れて腹のコンセントにポットの差込プラグを差しこんだ。

すぐに湯が沸く。彼はインスタントのコーヒーをカップに入れ、熱い湯を注いでぼくに手渡した。
 
 最果ての国ではなんでも起こる。いつまでたっても慣れることがない。