読書の愉楽

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詠坂雄二「遠海事件  佐藤誠はなぜ首を切断したのか?」

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 この人、みなさんご存知でした?綾辻行人佳多山大地の激賞を受けて「リロ・グラ・シスタ」で2007年にデビューした新人さんで、この「遠海事件」は二作目。現在第三作が刊行されたばかり。

 ぼくも、たまたま「読書メーター」を見てまわっているときに見つけたのだが、どうしていままでこの人のことを知らなかったんだろう?不思議だ。

 本書を読んだ感想は、まあ、少し微妙なものなのだが、しかし、その読者に媚びない孤高ともいえる本作りのスタイルは気に入った。

 本書は八十六人もの殺人を犯した佐藤誠という男に迫るノンフィクションの体裁をとっている。彼の犯した殺人は、死体の処理を完璧にしたことで証拠がまったく残っていず、彼が自首して自供した殺人のうち起訴できたのは十三件のみ、うち有罪判決がおりたのは九件のみなのだが、その中でも完璧な死体が残っていたケースがこの『遠海事件』なのである。

 副題にもあるとおり、ここで語られる事件での焦点は首の切断理由である。他の事件ではバラバラにし、煮込んだ挙句にミンチにして下水に流したり、高温焼却炉で骨まで燃やしたり、野良犬に喰わせたり、潮の流れを計算して沖合いに沈めたりと、痕跡を完璧に消していた彼が、どうしてこの事件でだけ死体を遺棄したまま、尚且つ首だけは切断していたのか?

 ノンフィクションの体裁をとっているので、この本が書かれた時点では佐藤誠の死刑執行も済んでおり、過去の事件を扱うという意味で、筆勢は非常にクールである。ゆえに、事件の臨場感やサスペンス的な面白味を楽しむことはできない。だが、だからこそ最終点である首の切断理由という本格ミステリとしての謎解きのみに集中できるつくりとなっているのだ。

 各章の合間に挿入される佐藤誠に対する短いコラムや、巻末にある佐藤誠関連の本「昨日の殺人儀」の広告など、ノンフィクションという体裁を強固にする紙面作りが非常に面白い。ぼくなど「昨日の殺人儀」をもう少しで探し回るところだった。

 少しシニカルな表現が玉に瑕だと思うが、本格ミステリを演出する姿勢には好感をもった。肝心要のミステリとしての出来はサプライズに欠けるものだったが、ロジックは完璧だった。

 この人、化けてくれるといいなと思う作家だ。ちょっと注目していよう。