読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

木更津ヴァイス

 異様に甘ったるいソーダをストローで吸い上げると、顔の半分ほどあるサングラスを上げてぼくは窓の外を見た。BGMはフィフス・ディメンションの「輝く星座」。オレンジ色の笠のついたライトが照らす店内はタバコの煙りとナポリタンの酸味のある香りに包まれていた。

 結城さんが三日前から行方知れずになっているらしくて、仲間内ではその話題でもちきりだった。ベトナム帰還兵相手にヤバい仕事に携わっていたとか、ヤーさんのカバン持ちを相手に詐欺を仕掛けてヘタをうったとか、バカの市田はあのケネディを暗殺したのが結城さんだと興奮して話していたっけ。ま、どっちにしろ、使える内臓以外は魚のエサになってんだろうけど。

 おっと、この曲好きなんだよね、クリームの「ホワイト・ルーム」。ハッパやってるときなんか最高に響いてくるんだよね。あとストーンズの「悪魔を憐れむ歌」も。

 万博で出会った佐知子は、英語がペラペラだったなあ、アメリカ軍の基地でウェイトレスしてたって言ってた。驚くほど酒に強い女だった。一回しか寝てないけど、匂いもキツい女だった。

 いつもの調子で、ピエロに居座ったままもうかれこれ五時間が過ぎていた。マスターのおかっちは、ぼくの先輩だから、ここがぼくの仕事の拠点になっていることに異存はないわけで、こういう関係をもってもう三年になる。いや四年か。

 当初は、こんなに長く続くことになるとは思ってなかったが、ぼくにはこれが合っている。人の為になるのが気持ちいいし、なにより頼られるのが大好きなのだ。

 というわけで、一週間に三人ほどしか客がつかなかったとしても、ぼくは結構たのしくやっている。あんまり儲からないけど、やっぱりこの仕事が好きだ。これは、ビートルズの「サムシング」か。ジョージの曲は哀愁があるんだよね。でも、あんまり好みじゃない。どちらかといえば、この曲は夕方に聴きたい曲だ。なんて思ってるところへ、彼女がやってきた。ボブに切りそろえた髪とミニスカートから伸びた形のいいきれいな脚。もう二年以上会ってないけど、やっぱりみーちゃんはとびきりいい女だ。

 「ゆうじ、助けてほしいの」いいよ、なんでも助けてやるよ。

 「どうした?どんな窮地に立たされてんだ?」ぼくは最後のソーダを吸い上げ彼女の目をみた。

 「探して欲しいの。わたしの大切な青い鳥だったのよ」おいおい、なんのことだ?そりゃ、探せっていわれりゃ探すけど、それならペット探偵のほうがいいんじゃないの?

 「なんだよ、鳥を探せっての?あいにくぼくには羽はないんだけど」

 「違う。青い鳥ってのはわたしの彼氏。妻子持ちなんだけど、大事な人なの」わお、よくあるあの手の話かよ。みーちゃん、ダメじゃんそんな三面記事みたいなことしちゃ。

 おかっちが厨房から出てきて、プリン・アラ・モードを盆にのせてやってきた。

 「ひさしぶり、みーちゃん。またすっごくきれいになったね」みーちゃんは居心地わるそうに二、三回腰をゆすって居住まいをただすと、マスターの目を見すえた。

 「ご無沙汰してました、マスター。奥さんお元気ですか?ビートルズがやってきたとき、確か空港でお会いしましたよね。あれ以来かしら」やっぱり、おかっちも三年以上会ってないんだ。みーちゃん、どんな男にうつつを抜かしてたんだ?

 「ありがとう、かなは元気だよ。今日も波乗りに行ってるよ。ま、ゆうじなら、なんでも解決してくれるよ。その変わり付随していろいろなオプションがついてくるけどな」

 おかっちは余計なことを言いながら、また厨房へ消えていった。

 「で、みーちゃん、その青い鳥がどうしたの?」ピースに火をつけると、ぼくは身をのりだし、みーちゃんに近づいた。この距離感が依頼者との信頼関係を生むんだ。なんちゃって、ただただぼくはひさしぶりに会ったみーちゃんの素敵な甘い香りを胸いっぱい吸い込みたかっただけなんだけどね。

 

 と、ここで『シバの女王』が流れてくる。わお、なんかロマンティック!