今年の読書での一番の出来事は、やはり皆川博子との出会いに尽きる。どうしていままでこの作家のこと
を知らずにきてしまったのかと、大変くやしい思いをした。で、焦りがモロに出て一挙に13冊も読んで
しまうという、中学生のような盲目的な読み方をしてしまった。こんなこと山田風太郎以来なかったこと
である。というわけで、我ながらこの作家の魅力の凄さに感嘆している。憧れや愛着なんて言葉では表現
しきれない崇拝にも似た畏れを抱いているといってもいい。この人の書いたものはすべて飲み込んでしま
わないと死んでも死にきれないなと思った。だから、自然今年のベストにも彼女の作品が上位に食い込ん
でくることになったのである。というか、今年読んだ彼女の作品だけでベスト10をやってもいいかなと
思ったくらいなのだが、それではあまりにも芸がないので、断念した。
ということで、ではさっそくいってみましょうか。
■1位■ 「蝶」皆川博子/文藝春秋
意外に思われるかもしれないが、今年読んだ皆川本の中で一番心に残ったのは本書なのである。だから
自然、年内ベスト1も本書になってしまった。これは、非常に短い短編集ながらその濃密さは群を抜いて
いて詩句を題材に繰り広げられる甘美で残酷な世界にしびれてしまった。また、戦争の時代を別の角度か
らアプローチした作品集としてもずっしりと心に残る本であった。
■2位■ 「フロスト気質(上下)」R・D・ウィングフィールド/東京創元文庫
本書は年内ミステリベスト各誌でも上位にランクインしていた。読んだ人は必ず、そう評価する作品だ
と思う。でなきゃ何年も首を長くして待っているなんてことしないもの。本シリーズにはそれだけ待って
も絶対に読みたいと思わせる魔力があるのだ。未読の方は何もいわずこのシリーズをひもといていただき
たい。作者の職人芸ともいえるモジュラー型事件絵巻の筆さばきの妙味とフロスト警部の抗しがたい魅力
に完全ノックアウトされること請け合いである。
■3位■ 「見知らぬ場所」ジュンパ・ラヒリ/新潮社
あまりにも普遍的なテーマゆえ、それが鮮烈すぎて心に残る。ラヒリの作品の良いところは、そういう
ところなのだ。誰もが体験し、心に思い、悩んでいる、そういう普通の出来事が首尾よく簡潔にそして見
事に表現されるから舌を巻いてしまうのである。ある意味ハードボイルド的ともいえるクールな文体は、
それを極限にまで結晶させる。やっぱりこの美人はすいなぁと思うのである。
■4位■ 「猫舌男爵」皆川博子/講談社
すべてはここから始まった。あらゆる狂乱も熱狂も崇拝も、全部本書から派生したことなのである。こ
こに収録されている五編の作品がぼくの未来を切り拓いた。記念すべき書に乾杯。あなたのセンスに脱帽
です。「太陽馬」のラストのカタストロフィは一生忘れることができない体験でした。
■5位■ 「聖者は口を閉ざす」リチャード・プライス/文藝春秋
これはなんとも説明しにくい本なのだが、ミステリの衣をまとった重厚な人間ドラマとでもいおうか。
善行の意味がキーワード。荒んだアメリカの良心が描かれ、悲劇が包み込む。長い物語だが、一読に値す
る本であることに間違いはない。読んで瞑すべし。いつまでも心に残る物語だ。
■6位■ 「弥勒」篠田節子/講談社文庫
この人の本も読んだことがなく本書が初だったのだが、これは本当に強烈な読書体験だった。本書で語
られる物語を我が身が体験したなら、おそらく人格崩壊していたのではないかと思われる。『救い』を描
くためにこれだけの物語を構築してしまう作者に敬服。本書の中には地獄がある。そしてそれを乗り越え
てたどり着く救いが描かれる。なんとも凄い本なのだ。
■7位■ 「夏光」乾ルカ/文藝春秋
今年出合った新人の最良作が本書。ジャンルとしてはホラーなのだが、この人の筆力はタダモノではな
いと感じさせるに十分だった。何が凄いってこの作家、新人さんであるにも関わらずもう自分のスタイル
を確立しちゃってるのである。だから安心して読めるし、尚且つそれを上回るサプライズがあって飽きさ
せない。この人の第二作はいまから楽しみで仕方がないのだ。
■8位■ 「怪人エルキュールの数奇な愛の物語」カール=ヨーハン・ヴァルグレン/ランダムハウス講
談社
これ、今年の一発目の本だったんだよね。でも、それが年間ベストに残ってるんだから、なかなか健闘
してるのではないかと思う。ランダムハウス講談社の本はちょっとクセのある本が多いのだが、本書はそ
の中でも特別クセのある本なのかもしれない。しかしそれがいい方に傾いているから印象に残ったのだ。
そして何より本書ほどワクワクして読んだ本はなかったのである。波乱万丈の物語が読みたい向きには自
信をもって本書をオススメする次第である。
■9位■ 「ザ・ロープメイカー」ピーター・ディッキンソン/ポプラ社
今年読んだファンタジーは、本書一冊だけだったんじゃないかな?でも、それがすごく印象に残ってい
るのである。児童書として刊行されているにも関わらず本書は大人の鑑賞にもたえうる骨太のファンタジ
ーなのだ。伝説が語られそれが巡り巡って循環していく構造がなんとも魅力的で、だからこそ本書は作ら
れた話ではなく、すでにそこにあった話のようにどっしりと落ち着いている。この人の書くファンタジー
はやっぱりおもしろいなぁ。
■10位■ 「江利子と絶対」本谷有希子/講談社文庫
この人も注目の人である。本書は短編集であり三つの短編が収録されているのだが、なんといっても印
象深いのはラストの「暗狩」だ。子どもが主人公なのだが、この作品は正真正銘のノンストップ・ホラー
で、おぞましいことこの上ない。この人こういうのも書くんだと驚いた。他の二編もなかなかおもしろく
もっとこの人の短編を読みたいと思わせる出来だった。
というわけで、こんな感じにおさまったのだがどうだろう。最初にも書いたが、今年はとにかく皆川博子
元年として記憶に残る年となった。来年もまだまだ読み続けていくことだろう。だって、もねさんにも貴
重な皆川本頂いたことだし^^。最近は保守的な読書から飛び出して、どんどん新しい人に挑んでいって
るのが我ながらうれしい。こうして、どんどんどんどん読書の地平を広げていこうと思うのである。
今年の記事もあと一つ書いて終わりだ。今年最後の『古本購入記』、どうかみなさん、あとしばらくお付
き合いください。