読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

マーティン・ウォーカー「緋色の十字章 警察署長ブルーノ」

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舞台はフランスの片田舎。近くに有名なラスコーの洞窟壁画のある風光明媚な村サンドニ。住民はみんなが顔見知りで、誰が何をしたかなんて噂がすぐに村中をかけまわる。主人公である村でただひとりの警官兼警察署長のブルーノはこの村とそこに住む人々を心から愛していた。だがそんな長閑な村で、残忍な殺人事件が起こる。戦争の英雄であるアルジェリア人の老人が腹を鉤十字の形に切り裂かれて殺されたのだ。鉤十字といえばナチス、そして殺されたのはイスラム文化圏の老人。平穏だった村にきな臭い空気が漂う。重大事件に国家警察や憲兵隊が捜査の全権をまかされ、ブルーノはサブ的な立場ながら独自に事件の調査を開始するのだが・・・・。
 
 すごく読みやすいミステリだ。雰囲気はいたってコージー。明るい陽射しときれいな景色、そして何よりうれしいのが随所に登場するうまそうな食べ物。ここに登場する人々は素朴で飾らない人ばかりなのだが、みんながみんな本物志向なのだ。だからみんな何が一番いいものかをわかっている。それがまずうらやましい。そして更に本書を魅力的にしているのが主人公であるブルーノの愛すべきキャラクターだ。彼は不幸ともいえる生い立ちを経て、いまはサンドニの村で誰からも愛されている警察署長を務めている。

 

三十九歳で独身、菜園で野菜を育て地元の子供たちにラグビーやテニスを教え、まだ青い胡桃の実をしこんで作る胡桃ワインはかなりの上物。料理もお手の物で、トリュフ入りのオムレツなんかは絶品なのだそうだ。どうですか、こういう人が家族や友人にいたら楽しいんじゃない?だから本書はそんな彼をとりまく日常の描写が素晴らしく、ミステリそっちのけでそこを堪能してしまったほどなのである。

 

 で肝心のミステリ部分なのだが、こちらはそんなコージーな雰囲気とは正反対のハードな真相で、まあ色々引っかかる部分はあるにしても動機が歴史の暗部にからんでくるあたり結構ガツンとくる。でも、その解決方法がいままでにないものだったのでほんと驚いた。ミステリ的にはどうかと思うが心情的にはすごく納得のいくなんとも不思議なラストなのだ。
 
 というわけで、このシリーズこれからも続けて刊行していって欲しいと思った次第。ほんと、ここで描かれる世界は気持ちいいんだよ、みなさん。