読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

財布と足音

こんな夢をみた。

 財布を拾ったぼくは、交番に届けなくてはと現実世界では決してやらない義務感にとらわれる。そこは馴染みのない町。いつか来たことがあるのだが、それは遠い昔なのでよく覚えていない。だから交番がどこにあるのかもわからない。
 
 とりあえず本能のまま歩いていくことにする。しかし、いくら歩いても交番は見つからない。不思議なことにいくら歩いても景色が変わらない。ずっと同じ塀の通りを歩いているのだ。何度かそのことに気付いたぼくは、これではいかんと現状打破するために塀を乗り越えることにする。しかし、乗り越えてみれば、そこは座敷。暗くてカビ臭い陰気な座敷。ぼくは夢の象徴に思いを馳せる。これは心象風景なんだろうか?目をつぶって精神を集中させる。ぼくはぼくという個体をはなれた思考の存在だと意識する。だからぼくには実体がない。その感覚を求めてぼくは浮遊する。意識として存在するぼくは自由に飛び、回転する。グルグル、グルグル。目が回る。でも目がない意識としての存在だから目は回らない。その感覚だけがぼくをとらえる。酩酊?酔ってるのか?やがて回転はおさまる。それにつれて、引きのばされていたぼくの意識も一点に集まってくる。充足感。目は見えてない。なぜなら目がないから。意識としての存在は拡散から収縮にむかう。そして上昇。どんどん、どんどん、ぼくの意識は上昇する。すべての障害をすりぬけ大気圏までのぼりつめる。

 そうこうしてると、薄汚いふすまの向こうをバタバタと駆けてゆく足音がする。感じからして、どうも子どものようだ。変だなと思ったのは、声がまったく聞こえなかったこと。あれだけバタバタ駆けているのだから少しは騒ぐ声が聞こえそうなものだ。そう気付いたら、ちょっと怖くなってきた。

 このままではいかんと思いポケットから携帯を出そうとごそごそしてると、財布が落ちた。交番に届けようとしていた誰かの財布。まだ中を見てなかった。黒い合成皮革の薄っぺらい財布だ。開くと現金は数百円しか入ってなかった。免許証の類もない。身元がわかるようなものは何も入ってない。

 ずいぶんしけた財布だな。

 バタバタバタ。子どもの足音。ふすま一枚隔てたぼくの背後をかけぬけてゆく。あちらへそしてこちらへ。ぼくは考える。この状況は非常にまずい。不安が高まってきたので、必死に魅力的な女性の乳房を思い描いて気持ちを高めようとしたが、頭に浮かんでくるのは芳年の描く安達ヶ原の鬼婆のしなびた乳房だった。

 急速に冷えてゆく部屋の中から抜けだそうと思って見回すが出口はその音のするふすましかなく、いったいぼくはどうやってこの部屋に入ってきたのだろうと思う間もなくぼくの身体はぐずぐずとくずれてその場に沈みこんでいくと同時に意識は離脱し拡散し照度を増し速度をあげ光とならび量子となり大気圏までのぼりつめ・・・・・・・・・。