1
冬と共に殺し屋は街にやってきた。それは街がまだひっそりと身を潜めている夜明け前のことだった。そのウィッチャムという名の殺し屋は、とりあえずダイナーに飛び込み温かい朝食にありついた。他に客はいなかった。ジューシーな炙った豚の骨つきあばら肉と、香ばしいライ麦パン。酸味のきいたミネストローネとドイツ風の濃いコーヒー。化粧の浮いたオカマみたいなウェイトレスは、おまけだといってオレンジを半分つけてくれた。まさか俺に気があるわけでもないだろうしと変に目立つことを嫌う殺し屋はその好意をすんなり受け入れて食事を楽しんだ。
食後の紙巻き煙草をとりだし慎重に巻いていると呼んでもいないのにまたウェイトレスがやってきた。
「よそ者でしょ?」そう言うがはやいか、彼女は細く研がれた長いナイフを突き出してきた。
蹴りあげたテーブルにナイフが刺ささる。横に飛び出しながらウェイトレスの後ろに目をやり、奥のダイニングからレミントンを構えた大男が出てくるのを確認する。ウェイトレスは囮だ。楯をわざわざ外す必要はないのでナイフを引き抜こうとしているウェイトレスはそのままにして、奥の大男にベレッタをお見舞いする。
正中線に沿って額と胸に弾を受けた男は脳みそと血肉を背後に撒き散らして倒れる。間際で放たれたレミントンの散弾がウェイトレスの腰の肉を半分もっていき、殺し屋ウィッチャムのズボンの裾に女の肉片が張り付いてくる。やれやれ、温かくて芳しいダイナーが一瞬で血腥い地獄に変わってしまった。うんざりしながらも、殺し屋は流れて溜まった血だまりを避けて裏口から外へ出た。
2
今回の標的は街を牛耳る『片耳のバニ―』だ。可愛いニックネームのついている悪党は最悪の極悪人だという法則のとおり、この巨漢は屍の山の上に自分の地位を築いていた。実際のところバニーの屋敷の下には五十二体の人柱が埋まっていると噂されているくらいなのだ。しかし、ただ残虐なだけではそこまでのし上がることはできない。その点、バニーには知力も備わっていた。およそ人の考えうる選択のすべてを掌握しているかのように、彼は自分以外の人間を的確に配置し、すべてを満足のいく結果に導いた。
だから、殺し屋は街に入ったとたんに狙われた。しかしここではじめてバニーの誤算が顕わになった。
殺し屋ウィッチャムはバニーの手に負える相手ではないのだ。
3
殺し屋は車を調達し一旦街を離れ、街道沿いにあるドライブインに泊まった。そこで彼は二日間深層界にまでダイブして眠った。それは貪るような眠りだった。殺し屋は仕事の前には必ずこの儀式を行った。これは彼のささやかなジンクスだった。無防備に眠り、その間に命を落とすようなことがあればゲームオーバー。だが、再び目覚められたなら、その仕事は成功するというなんの根拠もないお遊びだ。
今回も殺し屋は命を落とすことなく目を覚ました。頭は冴えわたり、膀胱は破裂しそうだった。十分近くかかって放尿を終え、身支度を整えた殺し屋は向かいのガラガラヘビを飼っているみすぼらしいレストランで厚切りベーコンを添えたサニーサイド・エッグと焦げたマフィン、それと一杯のオレンジジュースと薄い紅茶で朝食を済ませると日本製のかなり年季のいったレンタカーに乗って街をめざした。
4
片耳バニーは、初めて味わう敗北に手下を二人殺していた。一人は力まかせに下顎を引きちぎられ顔を半分にしたまま悶絶死。一人は二百回腹を蹴られ口から胃を出して死んでいった。それでもおさまりのつかないバニーは、街へくりだし、五十足の革靴と車が買える値段のごつい腕時計とイタリア製のシステムキッチンと天体の写真を鮮明に撮ることのできる高精度天体望遠鏡と天然クロコダイル一匹の革で作られたスーツケースを買った。バニーは買い物依存症だった。ストレスがたまってくるとどうにもおさまりがつかない。彼の屋敷にはすでに革靴二千、腕時計が百三十、天体望遠鏡が二十一もあふれかえっていた。それでも買うことはやめられなかった。そこが狙い目だと殺し屋は考えていた。
5
殺し屋の依頼人はバニーの妻だった。殺し屋は仕事を終えた。目的を遂げるために十八人の標的以外の人間を殺すことになったが、それはこの世界では当たり前のことである。殺し屋の仕事ぶりは、また次の機会にゆずることにしよう。ウィッチャムはプロフェッショナルだ。彼に任せればどんな標的だって必ず仕留める。殺し屋ウィッチャム。彼の別名は『神の死』。この世で最高の殺し屋だ。