けっこう急な坂道で、上から見下ろすと45度以上あるように見えるのだが、実際は30度ぐらいなのだろう。どうも人間は、物事を大袈裟にとらえる傾向にあるようだ。
サンフランシスコに行ったとき、その連なるような急な坂道に驚いたおぼえがあるが、いま見下ろしている坂道はそれより急なのは間違いない。ぼくはスコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」を口笛で吹きながら、一歩を踏み出した。
季節はわからないが、暑くもなく寒くもないので春のはじめか秋の中頃なのだろう。重力に背中を押される格好でぼくはどんどん駆けおりるように坂道を下っていった。道の両側にはいろんなカラフルな店が並んでいるのだが、それを楽しむ余裕はない。なぜなら、ぼくは次第に加速する足を制御するのに必死だからだ。いまやぼくの足は摩擦で加熱してうっすらと煙を出していた。
坂道の終わりは見えない。坂道は終わらない。ぼくの加速は止まらない。ぼくの身体は向かい風の風圧で足以外は後ろに傾いていた。
口の中に生クリームの味が広がり、小さなラッキーとハッピーを感じながらぼくの身体は浮いて、足は地を離れた。
シド・ビシャスみたいな声で叫びながら、ぼくは宙を飛び解放された。
夕方の下町に鼻が三本もある象が現れたというので見に行くのだが、それがいっこうに見つからない。通り過ぎる家々からは夕餉の支度の煮物や魚を焼く匂いが漂ってきて、ぼくは強烈な郷愁にとらわれる。
象の話を何で知ったのだろう?それに傍らを歩いているこの小さな男の子は誰なのだろう?そんなことを考えながら歩いていると、70年代風のたたみかけるような低音のドラムの音が響いてきて、気分が高揚する。左肩がすこしだるいような気がしていたが、それが一気に解消された。
象はどこだ?ヘンドリックスの「パープル・ヘイズ」が頭の中で繰り返し流れているが、いまの情景に合うのはキング・クリムゾンだ。
傍らの男の子は一言もしゃべらない。黙ってぼくについてくる。記憶をさぐる手を感じる。彼の思考が見える。薄い手がぼくの頭の中に入ってくる。
細い路地を歩きながら、通りすぎる塀の向こうの空が灼熱の赤に染まってゆくのを見る。
豹はどこだ?赤い豹が現れたというのに、どこにいるのかわからない。星が輝きだし、男の子はロリポップを舐めだした。ぼくたちはストロベリー・フィールズに行った。そこではすべてが幻。なにも心配いらない。