タイトルは忘れたが、男が迷子になった娘を探して夜の街を走りまわっている映画があった。最初はすぐに見つかると思っていたのにまたたく間に一時間が過ぎ、次第に焦りが出てきて必死になってゆく。主演の俳優の表情が苦悶にみちていて、観ているぼくもついつい引きこまれてしまう。真夜中を過ぎても娘は見つからない。男はやみくもに駆けまわり傷だらけになってゆく。気がつくと場末の薄汚い路地裏で座りこんでいた。もう一歩も動くことができない。壁に背をつけ立てた膝の間にうなだれる。精も根も尽きはてた。彩のことを思うと気が狂うかとおもうほどの焦燥にかられるのだが、身体が動かない。そこへつかつかと近づいてくる足音。通りすぎるものと思っていたらその足音は俺の目の前でとまった。
「あんた、娘さがしてるんでしょ?」驚いて顔を上げると派手なメイクの女が仁王立ちになっていた。
女の目は左右別々に激しく動いていた。おれはそれを不思議に思うことなく女の顔を見返して言った。
「誰なんだ、お前」まるで初めて訪れた地で見る景色のような気持ちで女の顔を見る。
「そんなこと、どうでもいいでしょ。それより娘の居場所しりたくないの?」そう言うと、女は俺の手をとった。
「手をはなさないで」女の身体から漂ってくるココアの香り。
男は女に連れられ夜の街をゆく。緑のネオン、やせた猫、油の浮いた水だまり、青い街灯、遥か遠くにボーイング、エイリアンズ。やがて二人は踊るように汚い夜の街を駆けめぐる。すぐに見つかると信じたはずなのに、もうあきらめの気持ちが男の心に広がっていた。ぼくは男の気持ちに同調した。切実なおもいの中にさしこむ不穏な波長。ままならぬ事態に直面したときの究極の不安感。まるで吐きそうだ。映画を観ながらぼくはどこかにいるはずの男の娘のことをおもい泣きたい気持ちになった。
パパ、彩はここにいるよ。ずっと、待っているよ。パパ、はやく見つけてよ。
そう言って泣いている娘をぼくは想像していた。きっと、娘は見つかるはずと。だが、映画は最悪の結末をむかえる。
反転する夜。ちぎれた白い布。血走った目で泡をふきながら走り狂う馬のような衝撃。一瞬にしてくずれさる城壁。地球が割れ、宇宙にほうりだされる恐怖。うめく咽喉。ニルヴァーナ。腐ってゆく魚。叫ぶ女。目が見えなくなる俺。
映画を観終わったぼくは、精根尽きはてた。マックス・キャッスルの映画はやはり素晴らしい。