読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

マイケル・コックス「夜の真義を」

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 本書は体裁からして欺瞞に溢れている。19世紀のロンドンを舞台にした復讐譚。それが手記の形で発見され、ケンブリッジ大学の教授が一冊の本にまとめたのが本書というのである。本読みとしては、その体裁を見ただけで『ああ、これは信用できない語り手の話なんだな』と少し身構えて読みはじめる。だが、そんな浅はかな思惑をよそに、一旦読みはじめるとたちまち物語の中に引き込まれてしまうのもいつもの通り。こういう話ってのは、巧みに出来上がっていると相場が決まっているのだ。タイトルや表紙のちょっとダークな色調通り、本書はいたって重厚に丁寧に文芸大作の映画を観るように重々しく進んでゆく。

 

 それはまるで大きな豪華客船が悠然と海原を横切っていくような圧倒的な存在感と安定感をもたらしてくれる。開巻早々、主人公のグラプソンは無作為に選んだ男を殺してしまう。そして、そのあと何事もなかったかのようにレストランで夕食を食べるのである。なんなんだ、この男は?いったい何者なんだ?様々な憶測で頭の中を混乱させながら読み進めるうちに巧みに物語世界が立ち上がってきて自然に人生を賭した一人の男の復讐劇に没頭することになる。ヴィクトリア朝の清濁織り交ぜた混沌とした世界、ブッキッシュな薀蓄と貴族趣味。歴史小説としての重み、犯罪小説としての暗さ、恋愛小説としての晴れやかさ、すべてが見事に絡み合って紡ぎあげられた物語。だが一言指摘しておくなら、メインとなる復讐譚の結末があまりにもあっさりしていてカタルシスを感じられなかったのが不満だった。ラスト近くで物事が一気に終息に向かう展開だったので、あらら、これはいままでの重厚な雰囲気とは一変したなぁと少し危惧していたのだが、それが思っていたとおりの結果に落ち着いたので、少し驚いたのだ。ここまで引っ張ってきて、それはちょっと呆気ないんじゃないという感じだったのだ。しかし総合的には滋味深く味わいのある読み応え抜群の物語だった。続編があるらしいが、今度はいったいどういう展開になるのだろう?楽しみだ。