読書の愉楽

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武内涼「忍びの森」

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 天正伊賀の乱において、織田の軍勢によって滅ぼされた伊賀者の残党が、逃げた先で立ち寄った山奥の荒れ寺は、一度その中に入ると決して出ることのかなわない魔境だった。その寺には五体の妖怪が棲みついており、彼らの策略によって寺に閉じ込められた七人の伊賀者は妖怪をすべて倒さないと寺から出さないというルールのもと決死の闘いを挑むことになる。

 

 この本、読みはじめる前はとにかく忍者と妖怪が闘う話なんだという認識しかなく、もっと直接的な安易なつくりの話だと思っていた。それがどうだ、ひもといてみれば物語の背景がしっかり作りこまれていて舌を巻いた。なんせ、妖怪が登場するまでに150ページが費やされるのである。いったい本当に妖怪との死闘があるのかと疑ってしまったくらいだ。歴史的事実、忍者の生態や忍術の詳細、山風の忍法帖とはまた違った雰囲気のどちらかといえば生真面目な印象をもった。そして、真打である妖怪が登場してからが、また凄い。五体の妖怪(というか魔物?)というのが完全オリジナルの造形なのだが、これにもちゃんと存在理由などがあるのだ。そこらへんが背景がしっかりつくりこまれているという所以。

 

 だが、それが少々うざったい部分でもあった。妖怪との死闘などはしっかりとした造形ながら、見せ場としての闘い自体に精彩がなかったし、かなり執拗に書き込まれる草木の名前などは正直うんざりした。

 

 それでも最後まで飽きることなく読むことができたのは、作者のしっかりと落ち着いた筆勢ゆえのものだし、ありそうでなかったこのタイプの物語への着眼点は素晴らしいと思った。だから、次回作を楽しみにしていようと思う。これだけ大風呂敷広げた中で、真っ直ぐに整然とストーリーを転がしてゆく手腕はたいしたものだと思うのだ。さて、次はいったいどんな手で攻めてくるのだろうか。楽しみだ。