まぎれもなく本作は2008年に刊行された現代を舞台にした短編集であるにも関わらず、一読すればわ
かるとおり、本格推理黄金期の不可能犯罪趣味が横溢する短編集で、かつてカーやチェスタトンの短編に
胸躍らせた人にはなかなか懐かしい仕上がりとなっている。
扱われる犯罪はまさしく不可能犯罪の王道で、以下に並べるタイトルからもそのことは充分汲み取れるこ
とと思う。
・「足跡のない連続殺人」
・「四階から消えた狙撃者」
・「不吉なカリブ海クルーズ」
・「聖餐式の予告殺人」
・「血の気の多い密室」
・「ガレージ密室の謎」
本書で探偵役をつとめるサディアス・ディーンは、妻に先立たれた八十歳の元牧師。家には愛犬のセント
バーナード『プパドック』がおり、独り身の寂しさを紛らわせてくれているが、それでも時折、先立たれ
た妻のことを思い出して涙ぐむこともあった。だが、彼には人並み以上の鋭い洞察力と論理的思考が備わ
っており、静かな町に巻き起こる難事件が続々と彼の元に持ち込まれることになる。
はっきりいって、本書で扱われる不可能犯罪の解決はあまりサプライズを感じさせてくれるものではな
い。強いていえばラストの「ガレージ密室の謎」の真相のみ、そのトリックに目新しい驚きを感じたぐら
いか。この事件は簡単に説明するとある男性がガレージの中で殴られたうえに窒息させられて殺害される
のだが、ガレージの入り口には多くの人の目があり、誰も出入りしたものがいないうえに、死亡推定時刻
にはその場にいた全員のアリバイがあったというもの。論理的解決には少し難があるのだが、このトリッ
クはなかなかおもしろい。よくこんなこと思いつくものだと感心した。他の事件についても、不可能犯罪
ならではの奇抜なトリックがつかわれているのだが、少々無理してるなという感じの解決が多く、特に二
話目の「四階から消えた狙撃者」の真相などは、ある意味バカミスの領域に踏み込んでいるのではないか
とさえ思ったぐらいだ。
だが、そんな無理のあるミステリであるにも関わらず、本書に流れる往年のミステリ・マインドには刺激
される。密室、足跡のない殺人、人間消失、予告殺人。このミステリ・ワードを見てワクワクしてしまう
人はとりあえず本書を読んでみて欲しい。決してパーフェクトなミステリではないが、その姿勢には必ず
好意を持つはずだ。なによりも読了した人はみんな、このディーン氏のことを大好きになっているはずな
のだ。