読書の愉楽

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宮部みゆき「ソロモンの偽証 第Ⅲ部 法廷」

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 この話、雑誌で十年近くも連載されていたのだが、ぼくはそこに驚くのである。いきなりこんなこと書くのもなんだが、これ、ミステリとしてはあまり評価できない作品だと思う。未読の方の手前もちろんネタばれするつもりはないが、はっきりいって、謎の中心にいる柏木卓也の死の真相ははやい段階からわかってしまうのだ。そこでぼくはもう少し意外性のある真相が隠されているのではないかと勘ぐって読みすすめた。登場人物の一人のスタンスに違和感をおぼえ、絶対こいつが真相に直結してるキーパーソンだと思ったらそのとおりで、でも実のところその真相はあまりにも当たり前の結末をむかえて、意外性などまったくなかった。だから最初に書いたように本書にミステリとしてのカタルシスはまったくないのだ。

 

 だが、この意外性のない謎をもつ事件の真相を追究する法廷の場面はかなり読ませる。第Ⅱ部の感想でも書いたが、この裁判はまったくの茶番だ。真相はあまりにも歴然としているし検察側の決め手となる告発文がまったくの虚構だということは物語の登場人物も読者のわれわれもよくわかっていることなのだ。しかし、その嘘の文書に乗っかって検察側は事件の被告を糾弾する。このまったくナンセンスな骨組みで成り立っている裁判が、しかし法廷物として盛り上がるのだ。検察側、弁護側それぞれが召喚する証人の意外性や、人の心理に立脚した鮮やかな弁論や、各人の思惑から引き出される張りつめた緊張感など、まさにページを繰るのがもどかしいおもしろさだった。 

 

 タイトルになっているソロモンとは旧約聖書に登場するイスラエルの王の名だ。彼は夢枕に立つ神に知恵を求め、それを授かり並はずれた賢王として古代イスラエルを繁栄させた。が、同時に彼が王になったことによって後におとずれるイスラエルの南北分裂の火種をつくったともいわれている。また、ソロモンはその素晴らしい知恵によって完璧な裁きを約束された人物でもあった。最高権力者であり、最高の知恵をもつ者がする嘘の証言?

 

 本書においてその意味は何重にも繰りかえされる。権力がつかさどる偽証、すべてを知る者がする偽証、必要悪とでもいうべきこのめぐりあわせの中で、宮部みゆきはすべての登場人物にやさしい愛情の目を向け、背中をおし、前代未聞の裁判の顛末を描いてゆく。

 

 最初に書いたとおり、本書はミステリとしてではなく、中学生たちの試練を乗りこえる物語として接すれば、かなりエキサイティングで心に残る物語として読み終えることができる。しかし宮部さん、これを十年かけて連載してたって凄い忍耐力だと思うのである。その集中力たるや想像もできないほどだ。宮部さんにとって本書の登場人物たちは、もう家族も同然だったんだろうね。