読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ミランダ・ジュライ「いちばんここに似合う人」

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 とにかく読んでみて。もうこの本について語るときはいきなりそう言ってしまいそうな勢いなのだ。ほんと、ここに収録されている16の短編はすべてにおいて新鮮な驚きと小憎らしいほどの可愛さと、儚い痛々しさにあふれており、触れればパチンとはじけてしまうような危うい均整を保ちながらも、おそろしく大胆不敵に挑発を繰り返すような作品群なのだ。

 

 例えば、ぼくは「モン・プレジール」を読んで、うち震える。ここに描かれる倦怠期を迎えた夫婦のありようはどうだ?まさかこんな展開になるなんて誰が想像する?また、そういう奇抜ともいえる展開をもってしてまるで大作の文芸作品にでも出会ったかのような深い余韻を味わわせてくれるこの手腕よ。

 

 また「マジェスティ」における肥大妄想狂の女性のなんとも滑稽な一途さはどうだ。ここまでさらけ出すあっぱれさ、そして切実さ。普通の人々が抱える頭の中の欲望が一切の装飾なしに突きつけられる。

 

 「妹」では、会うことのない友人の妹を紹介してもらった男の狂騒が描かれる。わお、これもこんな話になっちゃうなんて、なんていじわるな作者なんだ。唸り声ひとつであっけなく始まってしまう新しい世界。どうですか、この切れのよさ。

 

「何も必要としない何か」のレズビアンカップルの道行きも素敵だ。汚くて猥雑な世界。だが、少女は汚れを身にまといながらも不器用で一途な思いをつらぬく崇高さを胸に秘める。

 

 「2003年のメイク・ラブ」は少しファンタジックな話だが、切実な求愛を描いて秀逸な作品。一見パラレルに見える構成だが、変遷のいきつく先に幸せはない。それでも、そこに不幸はない。最高にクールだ。

 

 「子供にお話を聞かせる方法」も特殊な状況下に展開する話だが、本書の中では一番読み応えのある作品かもしれない。ここに登場する女性の孤独感は癒されているようでいて究極の不毛だ。与える愛は報われることはないし、結局最後は自分ひとりになってしまうのだ。なのに暗くもなくむしろ明るく希望さえ感じられる読後感なのはどうしてなんだろう?

 

 そう、そうなのだ。こんなに切実でこんなに究極でこんなに追い求めている人生ばかりなのに、寒々しくて報われることのないやけっぱちな人生ばかりなのに、ここに登場する人々はみな哀愁や寂寥を身にまとっていない。逆に力強さや美しさやまぶしさを感じてしまう。本書はそういう本だ。どうか、このアメリカの若き作家の成果をじっくり味わっていただきたい。必ずや満足することだろう。