このブログでも何度もいってるが、ぼくはスパイ物や冒険小説が苦手なのである。戦記物なんかもちょっと無理だから、軍事物もあまり食指が動かない。でも、そんなぼくが本書は最初から最後までスイスイ読めてしまったのだから、これはそういうジャンルが苦手な人でもたぶん大丈夫な作品なのである。
どういう話なのかというと、かつては辣腕のスパイだったドラモンド・クラークが六十四歳にして認知症になってしまったというのが物語の発端。それによって国家機密が漏洩してしまうとFBIやCIAが動きだし、借金で首が回らなくなっていたドラモンドの息子も巻き込んでの逃亡劇に発展していくのである。これがお約束とはいえ、逃げる親子が次々と窮地に立たされるのだが、それをなんともうまくかわしていくところがかなり読ませる。なにしろ頼りの綱であるドラモンドは認知症なのだ。ここぞというときにまるで役にたたないこともしばしば。しかし、息子であるチャーリーも素人ながら、いや素人だからこそプロが思いつかない奇策を繰り出して窮地を脱するのである。ときどき正気に戻るときのドラモンドも素晴らしい。プロフェッショナルとしての凄い技を次々と披露してくれるのである。
これがおもしろくないわけがないではないか。上下巻に分かれているが知らぬ間にページが進んでいってるのに驚いてしまうほどなのだ。
だが、不満もある。何を措いても翻訳のまどろっこしさが気になってしまうのだ。これは日本語として素直に入ってこないなと思える言い回しが気になった。あと、これは翻訳とは関係ないが、とにかく人が死ぬ。俺の屍を越えてゆけではないが、よくもまあこれだけ簡単に殺すなあと驚いてしまった。
その二点を別にすれば本書は満点だ。アイディアの勝利だといえる作品だと思う。
ま、ぼくが一番気に入ったのは時々ドラモンドが言う「おもしろい話をしよう。」に続く数々の興味深いプチ雑学だったのだが。