読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

混乱と正義

 楽しい時間は息つく間もなくすぎさり、あとには荒涼たるモノクロの世界が広がった。首のとれかけた人形を引きずったお姉さん。ずっと口が開いたままの男の子。どこを見ているのかわからないおじいさん。両手の人差し指をくっつけて、そこを食い入るように見つめている女の子。とめどなく流れる涙で水溜りをつくっているおばあさん。

 みんなみんな反転した世界で、壊れかけている。

 大人になったぼくは、以前のように絶望からくる涙を流しはしなかった。ギュッと歯を食いしばり、一点を見つめたまま、とにかく前へ前へと歩いていった。

 両側に並ぶ商店からは古い油の匂いがして、不吉な風が絶え間なくふきつけてきた。

 とにかく前へすすめ。前へ、前へ、まっすぐ見つめ、前進するのだ。

 ぼくの頭の中で誰かが叫んでいる。だから、ぼくはへこたれない。きれいな花も、乾いた風も、明るい日差しも、行き交う笑顔もないけれど、不吉で不気味な世の中をまっすぐ進んでゆく。

 間違ってる?

 いいや、大丈夫。自分を信じればいいのさ。君のまわりには、腐った死体や理不尽な暴力や身を守るための嘘やあこぎな売人や曲がった性根や悪質な詐欺や大きな回り道やとても高い障壁がそれこそ所狭しと張り巡らされているのさ。でも、自分を信じていれば、きっと道は開けていくんだよ。

 頭の中の誰かは、そうぼくに言ってくれた。

 世界は回る。どんどん回っている。いくつもの星の下で、毎日まいにち、まーーーいにち回っている。

 ぼくは、その中で日々うずもれながら必死に息を継ぎ、まわりを眺め、正しい道だと信じて前へと進んでいくのだ。

 なんか、虚しいけど、ちょっとたいへんでなかなか楽しい。

 やがてモノクロの世界が総天然色になった。

 ほら、やっぱり間違ってなかった。自分を信じて生きれば間違いないんだよ。

 あの残念な人たちもやがて気づいていくだろう。自分が他人からどう見えているのか。自分が他人をどういう気持ちにさせているのか。