この人は2003年に「火星のダーク・バラード」で第4回小松左京賞を受賞してデビューした人なのだが、この賞の受賞作はいままで一冊も読んだことがなく、いったいどれほどのレベルの作品が集まっているのかわからなかった。だが本書を読んで俄然興味がわいてきた。一応、いままでの受賞作である町井登志夫「今池電波聖ゴミマリア」や機本伸司「神様パズル」などは購入してあって読もうとは思っていたのだが、なかなか手がでなかったのだ。でもそういう杞憂は払拭された。「火星のダーク・バラード」を手始めにすべて読んでいこう。
と本書を読了した今そう心に決めたのだが、読み始めた当初はまったくそんな気にはなっていなかった。
本書には6編の作品が収録されている。
・「魚舟・獣舟」
・「くさびらの道」
・「饗応」
・「真朱の街」
・「ブルーグラス」
・「小鳥の墓」
以上の6編なのだが、このうち最初の5編は短編であり、ラストの「小鳥の墓」は180ページほどもあるほとんど長編作品なのだ。でぼくはこの「小鳥の墓」に完全にノックアウトされちゃったというワケ。最初の5編の短編も悪くはなかった。そのほとんどが『異形コレクション』に参加した作品だといえば、どういった感じの作品なのかはわかってもらえるだろうか?それぞれ独特の切り口でその時のテーマ(進化論、心霊理論、未来妖怪など)を展開し、堅実で魅力的なSFガジェットを盛り込んで独特の世界を構築している。硬質でハードボイルドな文体の中に、センチメンタルな要素が介入してくるのも好感が持てた。だがそれ以上ではなく、気持ちを奮い立たせるほどの斬新さやおもしろさに溢れているとは感じなかった。
しかし本書の半分以上のウェイトを占める「小鳥の墓」を読んで、その気分は180度変わってしまう。
これは体裁的には「火星のダーク・バラード」の前日譚なのだそうで、そこに登場するある人物の生い立ちを描いているのだが、ぼくのように本編を読んでいなくともなんら問題ない。これは完全に独立した作品であり、SFハードボイルドの傑作として記憶に残る作品なのである。あらすじは簡単、ある連続殺人犯の人格がどうやって形成されていったのかを生い立ちから語りなおすというもので、その点ではまったく新味は感じられない。だがこの作者の凄いところは、その物語を成立させる未来世界を完璧に構築し、なおかつそこに社会の構造まで組み込み深みを与えている点だ。そうすることによって読者は、なんの抵抗もなく物語に没入していける。さらに素晴らしいのは主人公の内面描写だ。彼の感じる世界のとらえ方は犯罪者としての萌芽を内包している分、違和感として読者に伝わるのだが、それがまったくの異質ではなく同調できる隙間を残しているところがいい。だから反発しながらも惹かれていくというなんともじれったい共生関係に陥ってしまうのである。ゆえに、この人物が本編でいったいどういう活躍をするのか、それが気になって仕方がない。なんとも悩ましいことになってきましたぞ。