読書の愉楽

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アラスター・グレイ「哀れなるものたち」

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 先頃、著者の処女長編である「ラナーク 四巻からなる伝記」が刊行され、ぼくも熱狂して購入したまではよかったが、いまだ手をつけるに至ってない。そうこうしてるうちに驚いたことに続けざまに本書が刊行され、こちらの方が手軽に読めそうだと判断して読んでみた。
 本書は作者アラスター・グレイが入手した古い私家版を翻刻して世に出したという体裁になっている。
 ここで、すでに作者のたくらみは始まっている。このグレイが手にした医学博士アーチボルド・マッキャンドレス著「スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話」という本には、19世紀末に実在した医師の驚くべき半生が書かれていた。それは外科手術によって死から蘇った美女が登場する、もう一つのフランケンシュタインの物語だったのである。

 驚くべきは、詳細にわたる訳注によって浮かび上がってくる物語の信憑性だ。どこまでが真実で、どこからが虚構なのか?ただ単純に物語を楽しむだけなら、そんなことに関わらなくても十分楽しめるのだが、これだけ綿密な訳注が付加されていると、読み手としてはそれに思いを馳せないわけにはいかなくなってくる。それほどまでにグレイの手の込んだ術中にまんまとはまってしまうのである。

 

 物語自体もタイトルから汲み取れるように、登場人物すべての人が憂愁をまとっていて忘れがたい。

 

 ラストにいたって当の女性が書いた書簡も登場し、いままで読んできた物語が根底からひっくり返される構成も秀逸だ。しかし、これを鵜呑みにしてはいけないのだ。ここにも作者のたくらみがあるのである。
 いわば本書はポストモダンを代表する『騙り』の技法で語られた物語なのだ。作者自身による本書確立の過程を綴った『序文』から、付加された『批評的歴史的な注』まで徹頭徹尾この精神で貫かれた、大いなる疑惑の書なのである。

 

 「ラナーク」に続いて、本書にもグレイの手になる奇怪な挿画が多数収録されている。『騙り』とこの奇怪な挿画によって独特の世界を構築している本書はまことに魅力的な本であり、まだ見ぬ「ラナーク」への期待がいやが上にも高まった。なるほどこの作者、話題になるだけのことはある。なかなか楽しめました。