読書の愉楽

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スティーヴン・キング「悪霊の島(上下)」

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 久しぶりのキングの長編を、いま満足の溜息と共に読了した。これだけの分量を(上下巻合わせて千ページ強!)飽きさせもせず読み切らせてしまうのはやはりいろんな意味で『帝王』だけのことはあるなぁと思うのだが、なにより凄いのは本書の構成なのである。

 

 今回の作品はキングとしては原点回帰の意味もあったようで、いってみればホラーのど正面で勝負した作品だったわけなのだが、これがああた、主人公の語りによるまことにストレートな物語に仕上がっているのである。どういうことかというと、キングほどの巧者になるとあらゆる小説のテクニックが身についているわけであって、物語を効果的に演出する術は御手の物、凝った構成や時系列を自在に入り組ませた上での効果を狙うなんてのは片目でケンケンなのだが、本書は主人公の一人称で、すでに起こったこととして語られるので、物語の進行が一直線で非常にわかりやすいのである。よって、ああだこうだと推測や憶測に読書スピードを阻まれることなくスイスイ読んでいけるというわけ。

 

 そこで、本書の要になってくるのが物語の構成なのだ。これだけスイスイ読ませる本で、いったいどんなテクニックを見せてくれるのかと思いきや、今回はキング『焦らし』のテクニックでこの久しぶりの恐怖譚をおおいに盛り上げてくれるのである。最初に断わったとおり本書は上下巻あって、それぞれが五百ページほどで割りふられているのだが、これをキングは下巻に入るまで目立った現象を起こすことなく描いていく。主人公であるエドガーが工事現場で片腕を失う大事故にみまわれ半死半生を経て再起する過程のなかで、本書の舞台となるフロリダ州の西海岸に浮かぶ小島『デュマ・キー』が描かれ、事故によって絵の才能に目覚めたエドガーがこの島で遭遇する忌まわしい出来事に向けてゆっくりと物語が動きだす。確かに上巻でも不穏な出来事はあるのである。しかしそれは、大きなクライマックスに向けてのいわば前哨戦みたいなものであって、読者は小さく鳴っているドラムロールが次第に大きくなっていくような演出の中で、キングの筆に弄ばれながら恐怖の核心へと向かっていくのである。

 

 う~ん、うまい。うますぎるぞ、キング。愛すべき登場人物を配し、すでに起こったことを語ることによって先に起こる出来事を予感させる記述でこちらの心を翻弄するあの『来週につづく』的な煽りを巧みに使い分けるキングの手並みは、小説を読むおもしろさを心底味わわせてくれるのである。

 

久しぶりに読んだキング長編、本当に満足いたしました。やはり、キングはいいよなぁ。