読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

アンドレア・M・シェンケル「凍える森」

イメージ 1

 1950年代半ば、ドイツのバイエルン地方の南で一家惨殺事件が起きた。殺されたのは6人。農場主であるダナーとその妻。彼らの娘であるバルバラバルバラの幼い子であるマリアンネとヨゼフ。そして殺された日にこの家にやってきたなんとも不運な使用人のマリー。ヨゼフとマリーはそれぞれの部屋で、この二人を除く4人はみな納屋で殴殺。惨たらしい死体は四日間発見されなかった。村はずれでもあり、偏屈で通っていたこの家族のもとに訪れる人はあまりいなかったのである。そして不思議なのは、この犯行から事件が発見されるまでの間、犯人はそこに留まって家畜の世話をしたり、食事をしたりした形跡があったということだ。さらに不可解なのは、多額の現金が手付かずのまま放置されていたという事実。犯人の目的は何なのか?いったいここで何が起こったのか?

 その不可解な謎に一応の決着をつけたのが本書「凍える森」なのである。

 本書はこの事件に関わる様々な人々の証言で構成されている。丁度、宮部みゆきの「理由」みたいな感じだ。いろんな人の証言によって浮き彫りにされる事実。そう、ここには「藪の中」はない。最後には整然とした解答がまっている。しかし、その解答にミステリ的なサプライズはないし、カタストロフィーもおとずれない。そこで提示される答えはあまりにも整然としていて、疑いをはさむ隙をあたえない。だが、その犯行理由は、読む者に重いしこりを残す。あまりにもいびつで、ゆがんだ情念。暗い家族の真実。知らないほうが良かったと思えるような真相に直面して、ぼくはうなだれた。本当はどうだったのかはわからない。だが、ここで描かれる答えは、あまりにも正当なのだ。事実がそうだったと告げるがごとくに。