読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

シオドア・スタージョン「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」

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収録作は以下のとおり。

 ◆「帰り道」

 ◇「午砲」

 ◆「必要」 
 
 ◇「解除反応」

 ◆「火星人と脳なし」

 ◇「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」


 以前「海を失った男」を読んだときにも感じたことなのだが、若島正のセレクト作品には同じスタージョンでも少しマニアックなものが多く、ストーリーのおもしろさよりも深遠なる思索の世界を覘きこんで見るような難解さがあるように思う。

 それが特によくあらわれているのが表題作でもあり、本書の約半分を占める分量の「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」である。この感覚は「人間以上」を読んだときのものとよく似ている。あの長編は、ぼくの初スタージョン作品だったのだが、どうも性に合わなかった。テーマ自体はとてもわかりやすい『新人類』物なのだが、そこにスタージョンは白痴の青年を配し道徳や倫理感といったとらえがたい概念を徹底的に掘り下げていくという彼らしい展開をみせる。これがなんとも難解なのだ。ぼくの理解力がないだけなのかもしれないが、正直読んでいて辛い部分もあった。かといって、挫折するほどおもしろくないわけでもない。なんとも困った本なのである。ゆえに、このブログでも「人間以上」は紹介していない。いったい何をどう書けばいいのか途方に暮れてしまうのである。

 「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」も然り。このキングの「トミーノッカーズ」から不気味さを抜いてラストをハッピーエンドにしたような作品は宇宙の彼方の知的生命体の介入により、とある下宿屋に集うさまざまな人たちが良いほうに導かれるという話である。この下宿には自殺願望のある職安職員、女優に憧れてはいるが芽の出ない女の子、幼い頃の躾の影響で殻に閉じこもっている司書の女性、育ちの違いに偏見をもつ弁護士の青年などなどいろんな問題を抱えた人たちが集まっているのだが、彼らの陥っている問題点を掘り下げて考察するスタージョンの語り口がぼくには難解だった。わからないわけではないのだが、ついていけない部分が多々あったように思う。その部分を除けても、これだけの長さのわりにはいまいち消化不良の気があった。ロビンという三歳の男の子が登場するのだが、この子の扱いがもっと上手ければ、印象深い作品になっていただろう。

 逆に「必要」はまぎれもない傑作。こちらもスタージョンの思索的な部分がよくあらわれている作品なのだが、それが難解に陥ることなくうまく作品に溶け込んで最上の形で仕上がっている。これは他人が必要としてることがわかってしまう男の話である。いわば一種の超能力物なのだが、そこはスタージョン、サスペンスに逃げるでもなくはたまたミステリーに徹するでもなく、もしくはSF的解釈を強調するわけでもなく、他に類をみないスタージョンにしか書けない唯一無二の作品となりえている。

 巻頭の「帰り道」は、限りなく普通小説に近い幻想小説とでもいおうか、非常に短い作品なのだが印象深い。「午砲」は、はじめて読むスタージョンの普通小説。これも良かった。青臭さの中に厳しさが垣間見えて秀逸である。「解除反応」と「火星人と脳なし」の二編はとりたてて言及するほどでもない作品だった。すべての作品に言及すると以上のような感想である。この中でベストは「必要」。次点で「午砲」という感じかな。それにしてもスタージョンという作家はいろんな顔を持つ作家だ。全身全霊で愛すべき作品もあれば、どうにも受け入れがたい作品もある。とても味のある作家なんだなぁ。