こういうアンソロジーは、やはり楽しい。なによりいろんな作家の作品が楽しめるところがお得である。
でも、それが自分の好みに合ったいい作品ばかりだという保証はないから、当たり外れも大きいのがアンソロジーの両刃の剣的な部分でもあるのだ。
本書はどうだったかというと、ぼく的には大満足だった。創元文庫のこの手のアンソロジーにハズレはない。以前紹介した「影が行く」も大変読み応えのあるアンソロジーだったし、そのうち映画原作ばかり精選してあるという「地球の静止する日」も読んでみなくてはいけない。
本書のテーマは怪物である。このあまりにもストレートな、言い換えればバカバカしいテーマをもとにいったい名のある作家がどんな作品を書いているのか?こちらとしてはお手並み拝見といったところなのだが、これがまた傑作揃いだったから驚きだ。
本書の収録作は以下の通り。
◆ ジョゼフ・ペイン・ブレナン「沼の怪」
◇ デイヴィッド・H・ケラー「妖 虫」
◆ P・スカイラー・ミラー「アウター砂州に打ちあげられたもの」
◇ シオドア・スタージョン「そ れ」
◆ フランク・ベルナップ・ロング「千の脚を持つ男」
◇ アヴラム・デイヴィッドスン「アパートの住人」
◆ ジョン・コリア「船から落ちた男」
◇ R・チェットウィンド=ヘイズ「獲物を求めて」
◆ ジョン・ウィンダム「お人好し」
◇ キース・ロバーツ「スカーレット・レディ」
巻頭の「沼の怪」は、この手の話では定番の形なきものの恐怖を描いている。そう、ぼくと同年輩かもう少し上の方なら覚えておられると思うのだが、スティーヴ・マックイーンが主演した「ブロブ」に登場したあの怪物だ。こういう得体のしれないものへの恐怖というのは誰しも持っているもので、根源に訴えるものがあるといえるだろう。
「妖 虫」は、いったいどういう展開になるのだろうと思いながら読みすすめた。そういえば、この怪物を描いた映画もあったなぁ。こういうのを活字で読むとかなりの迫力である。
「アウター砂州に打ちあげられたもの」はイメージが素晴らしい。漁師の口から語られるこの信じがたい話は、そうすることによって神話的な威光さえ感じさせる傑作となっている。
「そ れ」は、怪物の正体が最後までわからない構成になっている。さすがスタージョン、様々な視点で物語を語ることによってサスペンスを盛り上げる手腕はなかなかのものである。
表題作である「千の脚を持つ男」も幾人もの人物の証言によって、物語が進められる。読み進めるにつれて浮き彫りになっていく怪物の正体。まさしく怪作である。こういう話を真面目に語られると逆に凄味を感じてしまう。
「アパートの住人」のデイヴィッドスンは以前『奇想コレクション』の「どんがらがん」を挫折したという苦い思い出があったのだが本作は楽しめた。ハードボイルドの雰囲気の中で語られる怪異として秀逸。トム・リーミイ「デトワイラー・ボーイ」と同じ感触かな?
「船から落ちた男」は、大海蛇(シー・サーペント)が登場する作品なのだが、当の怪物の扱いが目新しくておもしろかった。なるほど、こういう描き方もあるんだなと感心した。
「獲物を求めて」は吸血鬼物の変異バージョン。非常に短い作品なのだが、印象深い。強烈なイメージにノックアウトされてしまった。
「お人好し」は、怪物ホラーとしては小品な印象を受けるが、物語的にはしっかりオチがついてておもしろかった。途中でオチが読めてしまうが、それもご愛嬌。それしにてもクモとはねぇ。
「スカーレット・レディ」は本書の中で一番長い作品。題材はキング「クリスティーン」と同じである。キース・ロバーツは「パヴァーヌ」を読まなくてはとおもいながらまだ読めずにいるのだが、本作を読んだかぎりでは、とても読みやすい作風だと思った。こういう機械モンスター物は、ラストがお決まりのパターンになってしまうので、それまでの過程が読みどころとなるのだが本作は及第点といったところか。
以上10作、大変読み応えがあった。尚、編者あとがきの中で紙幅や版権の問題で今回涙をのんで見送った作品のベスト10を紹介しており、これがまた楽しかった。読んだ作品も読んでない作品もあったが、中村氏の熱意が感じれられて好感がもてた。う~ん、いいアンソロジーだったなぁ。