ある日、突然この世のものとは思われない素晴らしいメロディを思いついた。
ぼくはその素晴らしいメロディを忘れないうちに書きとめておこうと思った。
五線譜にゆっくり確実にメロディをおとしてゆく。音楽に詳しいわけではないので、もしかしたら正確で
はないかもしれない。それでもぼくは五線譜に音符を書いていった。
だが、音符はじっとしてくれなかった。ぼくが書いてしばらくすると微妙に震えだしそれぞれ好きな方向
に勝手に動き出してしまった。
ぼくは途方に暮れる。どうしてじっとしててくれないんだ?せっかく素晴らしいメロディなのに。
このままでは、メロディが別の奴のところに逃げていってしまう。どうにかしなければ。
ぼくはセロテープを用意して、もう一度音符を書いた。そして、書いたしりからセロテープで音符を固定
した。これは結構効果的だった。音符はまた震えだし動く気配を見せたが、上からセロテープで固定され
ているので、さっきみたいに容易に動くことができない。必死で尾を振っているが、ぼくが書いた線の上
を動くことができないでいる。ぼくは満足して続きを書くことにした。
しかし、しばらくすると首筋に違和感をおぼえておもわずペンを放り出してしまう。首筋を這うものをと
らえてみると、それは音符だった。つまんで見てるとクネクネと必死に動いている。
どうしてここにこいつがいるんだ?と不思議に思って書いてきたところを見てみると、最初のほうに書い
た音符たちがセロテープを食い破って抜け出していた。
くそ、セロテープでもダメなのか。
そうこうしてる間にもメロディは輪郭をぼやけさせていった。ああ、ぼくのもとに舞い降りた素敵なメロ
ディがどこかへ逃げていってしまう。
この耳にすると涙があふれ、昂揚感に包まれる神のごときメロディが他の奴のもとへ行こうとしている。
どうすればいいんだ。ぼくのメロディが、ああ、消えていく。