読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

リュックの中身

きない村だか、きさい村だかいう何もないような田舎の村のバス停であなたは待っている。

何を待ってるんだろう?

バスを待っているのか、人が到着するのを待っているのか、よく思い出せない。

右を見れば田んぼの畦道を少し広くしたような地道がずーっと地平まで続いている。左を見れば、同じよ

うな道が続いているのだが、一、ニ軒店らしき建物が畦道にへばりついて建っている。

ふーん、辺鄙なとこだな。

あなたは大きなリュックを脇に置いて、バス停のベンチに座っている。リュックの中身が気になるが、そ

れは絶対開けてはいけないことをあなたは知っている。リュックの下部から、なにかの汁が染み出してベ

ンチを汚しているのが気になるが、それは絶対開けてはいけないのだ。

やがて、バスが到着する。そしてあなたは思い出す。そうだ、やっぱり人を待ってたんだ!

バスの乗客は多くない。たった三人だ。こんな辺鄙な村なら結構多いほうなのかもしれない。

あなたは、降りてくる乗客に期待する。待ち人がいるはずだからだ。

一番目に降りてきたのは、ステッキを持った顔のない人。

二番目に降りてきたのは、大きな帽子を被った口のないおばさん。

三番目に降りてきたのは、背中に羽のついた影のない人。

あなたは声をかけようとするが、いまさらながら誰が待ち人だったのかよくわからない。

そのうち三人はてんでバラバラに行動しだす。顔のない人は右の道。おばさんは左の道。影のない人は一

旦降りたのに、また乗車してバスに乗っていってしまう。

あなたは途方に暮れる。いったい誰を待っていたのだろう?

あの三人の中に待ち人はいたのだろうか?

ふと、隣に置いてあるリュックに目をやると、さっきよりも濡れ方がひどくなっている。

あなたは、リュックから染み出してベンチを濡らしている部分を指につけて鼻に近づけてみる。

うっ。呼吸ができなくなるほどの刺激臭が鼻に殴りかかってくる。

このリュックは絶対開けてはいけない。

あなたはこの中に入っているものが何なのか知っている。染み出ている液体が何なのかもわかっている。

だから絶対開けてはいけないのだ。

次第に夜が広がってきた。もうそろそろ帰る時間だ。あなたは、リュックを手にバス停を後にする。

左の道を行き、店の一軒に入る。そこは飲み屋だった。暖簾をくぐると目の前にカウンターがあり、それ

が店の奥まで続いている。止まり木は12脚。テーブルなどはない。カウンターのみの狭い店だ。客は一

人もおらず、もうもうと湯気の上がっているカウンターの中にも誰もいない。とりあえず店の中程まで進

んで腰掛けるが、奥の部屋から誰かが出てくる気配もない。

すいませーん、と声をかけてみても誰も出てこない。

奥の部屋を覗き込んでまた声をかけてみる。すると「いま出ていく」と大きな声が返ってくる。

声の調子にただならぬものを感じたあなたは急に怖くなって、店を飛び出す。

手元にリュックはない。開けてはいけないリュックは店の中に忘れてきてしまった。

あなたは、その場に立ち尽くす。店に入るべきか、やめるべきか激しく頭を悩ませながら・・・・。