さして意味のある言葉でもなかった。きみが言い放ったその言葉は空を舞った。
「どうでもいい!」
ぼくもどうでもよかった。窓の外は英語の空だった。意味のないアルファベットが無数に飛んでいた。涙を浮かべたきみの顔には虚しさだけが張りついていた。長い髪から流れでた幸せの染みは白々しい弱みをみせながら床に広がっていった。
笑おうとしたぼくは、しかし笑顔をつくれなかった。
きみはドアを開け部屋を飛びだした。
ぼくは追った。
きみは過去の思い出を脱ぎすてながら、未来にむかって走っていった。
豊かな新緑の心地よい歌声が、ぼくたちのゲームをやさしく包んだ。
ごめん。
きみのことを守ってやれなかった。ぼくはぼくのことで精一杯だった。きみが傷ついているのを知りながら、ぼくはそれを見て見ぬふりをしていたんだ。果たせなかった約束と弁護のための嘘。緑の風のなかでぼくはきみを追いかけながらわかりきった答えをこねくりまわし、新たな何かが生まれてこないかと無駄な思考をくりかえしていた。
やがてそこは海。
青い海。
やさしさと激しさが同居する美しくて汚れた場所。相反する二つの要素は、まるでぼくたちのようだと思いいたる。
道端にたむろする子どもたちは皆、ギラギラした敵意ある目をぼくたちに向け分厚い唇を舐めていた。
島が夜に沈む。息をひそめた海が本性をあらわす。
きみは怯えながらも逃げつづけ、怒りとあきらめを交互に発散させながらぼくの目の前を駆けてゆく。
「もう、こないで!」
息も絶えだえのきみが最後の力を振りしぼってそう叫ぶ。だが、ぼくはそれを音としてとらえ、意味は理解せず心の中にとどめる。
暗い海。
空にはアルファベット。
光る目をした子どもたち。
そして夜。
ゆっくり、ゆっくり近づいてくる。その結末は本当はあってはならない結末。
遠くで鳴りひびく救急車のサイレン。
握りつぶされるトマト。
停電。
脚をもがれたバッタ。
静寂。
美しいきみ。
ぼくは、きみを守れなかった。
きみは最愛の人であり、ぼくの幼馴染だった。お互いよく遊び、よく笑いそしてよく泣いた。良いところも悪いところもすべて知っていた。鼻の調子が悪くて、きみはいつもグズグズいわせていた。でも、ぼくはそんな完璧じゃないきみのことが心の底から好きだった。
ぼくは、ひとり暗い道を歩く。先の見えない、どこへ向かうのかもわからない一本の道。心の奥には、鼻の奥が焦げ臭くなるようなせつなさが残っている。きみがいない世界は色のない世界。
ぼくはひとり水だけを飲んで、閉じこもる。どうにもならない。もうきみはかえってこない。もうきみの笑顔をみることはできない。
ああ、ともひろ、さようなら、ぼくの最愛の人。
さようなら、ともひろ。