読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

「自選アンソロジー ミステリ編」

 オリジナルアンソロジーを編纂するという試みはやはりとても楽しいもので、ほんとこういう仕事を一生に一度はしてみたいもんだと思うほど楽しい作業でした。だから、調子にのって前回のホラーアンソロジーに続いてミステリーアンソロジーも考えてみました。では、さっそくいってみましょうか。

 

◆ ピーター・ラヴゼイ「ジンジャーの終着駅」

 ラヴゼイは長・短どちらも器用にこなすミステリ作家で、その水準の高さには舌を巻くばかりです。そんな彼の作品の中から一作選んでやろうと思ったのですが、これが迷ってしまってなかなか決まりませんでした。いろいろ迷った結果、ラストのツイストが鮮やかに決まった本作品に決定。無神経で癪にさわる妻と手のかかる飼い猫に悩まされる男がとった意外な解決方法はいったいどんなものだったのか?ホントうまいねぇ。惚れ惚れしちゃいます。



◆ 逢坂剛「水中眼鏡の女」

 著者の得意とする精神医学を題材にしたミステリーサスペンスの逸品。タイトルの示すとおり、本作に登場する女性は黒く塗りつぶしたゴーグルをはめて登場します。いったい、この女性の身に何があったのか?どうしてこんな奇妙な格好をしているのか?横溢する謎が解明されていき、一旦終息するかに見えた話がラストで鮮やかに反転します。ここが素晴らしい。リドルストーリー的なおもしろさも合わさっていつまでも記憶に残る作品となってます。



◆ 都築道夫「森の石松

 随筆のような味わいをもっていて、尚且つミステリとしても機能しているというへんてこりんな作品。誰もが知ってる森の石松。彼の最期に疑問をもった著者は、空想の羽根を広げてその真相に迫ります。これはミステリとしても秀逸なんですが、ぼくが驚いたのはこれを読んでとても怖い思いをしたということです。過去に起こった事件の真相を暴く過程で浮き彫りにされていく新たな解釈。『本当はこうだったのではないか』という仮定が暴いていく真実。ゾクゾクする読書体験でした。



◆ ナサニエル・ホーソーン「ヒギンボタム氏の災難」

 古典作品から一品。以前にも紹介したことがありますが、これは秀逸なミステリですね。煙草商人ドミニカスが行商の途上で耳にいれたヒギンボタム氏が殺されたという話。しかし、次に向かった町ではヒギンボタム氏は死んでなどいないと言われてしまいます。首を傾げながらもまた次の町に向かうと、やっぱりヒギンボタム氏は死んでるとのこと。いったいどういうことなんだ。ヒギンボタム氏は死んでいるのか、いないのか?こりゃいったいどう収拾つけるんだと思ってしまうほどの謎が、見事に解決するさまはため息がでるほど素晴らしいです。



◆ 原田宗典ポール・ニザンを残して」

 この作品には完全にノックアウトされちゃいました。もしミステリのアンソロジーを自分で編纂するなら絶対入れたいと思っていた作品。架空とはいえ、こうしてアンソロジーに入れることが出来て本望です。これはねえ、いわゆるスリラーなんですよね。男と女の会話で話が進んでいくんです。軽い感じなんですが、どこか不穏な空気も感じられる。でもこれといって何も起こらない。それがラストに至って・・・。

 

 これ以上は書けません。どうか自分の目で確かめてください。



♦ 藤沢周平「闇の穴」

 時代小説からも選んでおきましょうか。藤沢周平はミステリにも造詣が深く、長編「消えた女」などはホント素晴らしいハードボイルド作品で、この出来栄えは海外作品にも充分対抗できるなと思ったもんでした。そんな彼の短編集からミステリ色の濃い作品をということで、この作品を選んでみました。

 

 やはり小説の巧者だけあって、構成が秀逸で無駄な部分がひとつもありません。もっとも効果的な言葉をもっとも効果的な場所に配置して、大きなカタルシスを味わわせてくれます。本作品が表題作となっている短編集「闇の穴」は他にもミステリ色の濃い「閉ざされた口」や「狂気」、藤沢作品にはめずらしい恐怖譚の「荒れ野」、「夜が軋む」などが収録されててミステリ好きには特にオススメです。時代物だということで喰わず嫌いしてないで是非読んでみてください。



◆ 山田風太郎「幻妖桐の葉おとし」

 風太郎はもともとミステリ畑出身ですから、後の作品にもミステリ的趣向を凝らした時代物は数多く書かれてまして、有名なところでは「明治断頭台」なんてのがありますが、ぼくはこの長編あまり好きではありません。ミステリとしてのトリックは明治の時代でしか通用しないようなよく練られたものが使ってあっておもしろいのですが、短編の集合体としての構成が裏目に出た感じで好みじゃありませんでした。そこで本作品の登場となります。山風の時代ミステリとしてもう無条件におもしろい。秀吉の死の際に託されたという大阪城絵図に隠された秘密とそれを解こうとする豊臣家の遺臣たちが次々と死んでいく謎。
 ラスト黒幕が登場する場面では「アッ!」と声を上げてしまいました^^。



◆ 都井邦彦「遊びの時間は終わらない

 この人、本作品で小説新潮新人賞を受賞したんですがその後はまったく活躍されてないみたいですね。いやあ、もったいないことだ。だってこの作品の異様なおもしろさといったら他に類をみないものなんですから。銀行強盗対策の防犯訓練で強盗役をすることになった主人公。でも、その訓練は従来通りの筋書きがあるものではなく、いきあたりばったりのリアルシュミレーションだったんです。本来なら犯人役が取り押えられて終わるはずなのに、何をトチ狂ったのか犯人役の主人公はまんまと警察を出し抜き銀行に篭城してしまいます。取材にきているマスコミの手前、威信をかけてなんとか事態を収拾しようと四苦八苦する警察。首から『死体』なんてプラカードを下げた人質役がいたり、『空気』というプラカードを下げて銀行内を撮影する取材陣など、みんなが本気になればなるほど大いに笑えてくるなんともシュールな作品です。こういうのってホント読んだことなかったなぁ。



◆ 高橋克彦「遠い記憶」

 記憶をさぐる物語はおもしろい。この作品は幼少の頃の記憶が引き起こす恐怖を描いています。だから、本来ならホラーに分類しなきゃいけないんでしょうが、ミステリとしても秀逸だと判断して選んでみました。本当にこの作品は怖い。そしてゾクゾクするくらいおもしろい。ぼくはこういう作品が大好きなんです。曖昧さの中に忍び寄ってくる恐怖は、それが得体のしれないものなのでいっそう不気味さが強調されます。記憶というあやふやなものに対する恐怖はアイデンティティの崩壊をも引き起こしかねません。傑作ですね。



◆ 夢野久作「人の顔」

 ちょっとミステリから外れてきてるんじゃないかという危惧もあるんですが、気にせずいっちゃいましょう^^。夢野久作の短編にもなかなか忘れがたい作品があります。特に有名なのがショート・ショートともいうべき小品の「瓶詰めの地獄」。これは構成が際立っていました。内容もタブーを描いていて衝撃的でした。本アンソロジーに収録するのは、また一味違った作品で、これはなんとも不気味な印象を受けます。幼い子どもの戯言がやがて真の恐怖に変わる妙味を味わってください。これも非常に短い作品ですが後々すごく残るものがあります。



◆ コナン・ドイル「アベイ荘園」

 意外かもしれませんが、ラストはこのミステリの聖典から一作品いってみましょうか。『探偵とワトソン役』というミステリ世界での黄金コンビを確立させ、全世界に幅広く浸透させた功績にリスペクトの意味もこめてトリを飾っていただきたいと思います。シャーロキアンほどではないですが、ぼくもこのシリーズは大好きで、一応長短の全作品を読んでおります。数ある短編の中で一作となるとほんと迷ってしまうのですが、短編集の中では一番エキサイティングで一番おもしろかった「シャーロック・ホームズの復活」から本作品を選んでみました。ここで一言付け加えておきますと「シャーロック・ホームズの復活」がなぜそれほどおもしろかったのかというと、それはひとえにここで扱われている事件の多くで殺人が起こるからなのです。やはりミステリといえば殺人事件というわけで、この短編集でのホームズもひときわ輝いておりました^^。そんな中でも「アベイ荘園」は緊迫感のある出だしから、殺人現場に残された奇妙な謎の提示とホームズの見事な推理まで一気に読めるミステリ短編の見本のような作品で、ホームズを知らない読者にも自信をもってオススメできる作品です。



 というわけで全11作品出揃いました^^。まだ気になる作品はあって、生島治郎の「前世」や阿刀田高の「家」なども入れたかったのですが、これは凄かったという記憶だけ残っていて、いったいどう凄かったのかという一番大事な部分がスッポリ抜け落ちてしまっていて、説明文がつけられなかったので泣く泣く割愛しました。では、本当に長々とお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

 

 あっ、それから本の体裁はまた文庫本でいきたいと思います。表紙は、そうですねー、ここは大ファンでもある影山徹氏にお願いしたいですね。あの魚眼レンズ仕様の夢のある絵がいいです。値段はおそらく1500円前後ってとこでしょうか。それと、アンソロジーのタイトルはやはり「ミステリの愉楽」で^^。