どこまでが虚構なのだろうか?と思った。なんとも幻想的な感触だった。
事件自体が非現実的なために、すべてが佐川君を中心に回っているメリーゴーランドのようだった。
本書を読んでこんなことを思った。なにもかも定められた歯車のように、すべてあるべきところに収まっ
ていれば誰も足を踏み外したりはしない。どこかで油が切れるか、歯車が欠けるとかそういう何百万分の
一の確率でしか起こらない出来事がたまたま起きてしまって、誰かがどこかで暗い穴の縁に立たされるこ
とになってしまうのだ。
本書は著者の唐十郎に佐川君から手紙が届くところから幕をあける。それを端に著者と佐川君との文通が
はじまり、やがて唐は佐川君に会いにパリに渡る。
ここらへんから、だんだん現実感が薄れていく。現実が虚構に侵食され、物語内の作者と一緒に読者もあ
わい幻想の世界へと踏み込んでいくのである。
実際にあった事なだけに、この現実と虚構の混在という描かれ方は的を得ていると思う。この話の中に出
てくる佐川君は実際人の肉を喰っているのだ。なんとも血腥い話ではないか。自分で殺し、自分でさば
き、自分で料理して人の肉を喰っているのである。これをドキュメントで読まされたら、こちらも受ける
衝撃の度合いがかなり違ったものになったであろう。
昔からカニバリズムを題材にした小説というのはかなり書かれていて、数えあげていったらその多さに驚
いてしまうほどなのだが、それだけこの人類最大の禁忌といわれる行為は人を魅了するものなのだろう。
やってはいけないことというのは、反対にとてもやりたくなってしまうもの。しかし、人を喰うなんて行
為は、あまりにも悪魔的な行為なのでやりたいとかやりたくないとかいう以前に遺伝子レベルで拒否反応
が起こってしまうものだ。だから、そのあまりにも高いハードルを乗り越えてしまった人に対して畏怖に
も似た興味をかきたてられてしまうのだろう。
本書は、芥川賞を受賞している。万人に認められた書だ。人を喰った人の話であるにも関わらずにだ。
これは凄いことだと思う。