読書の愉楽

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リドリー・ピアスン「深層海流」

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 この人はこれ一冊しか読んでないのだが、本書を読んだ限りではなかなか器用な作家だという印象を持った。タイトルからは予想もつかないが、本書で描かれるのは残忍な連続殺人事件だ。

 シアトル市内で八件の連続殺人事件が起きる。若い女性ばかりを狙ったその犯行は、目をテープで見開いたまま固定して、腹部を十字架の形に切り刻むという猟奇的なものだった。そして新たに起こる二件の殺人。しかし、その二件はいままでに起こった事件とは類似していながらも、微妙に手口が違うのである。模倣犯か?捜査に進展はない。しかし、ここに一筋の光明があたる。9件目の殺人事件に目撃者がいたのだ。だがここで事態は意外な展開をみせることになる。

 とても読み応えがあった。本書が刊行されたのは1991年。「羊たちの沈黙」で火がついたサイコスリラーブームのおかげで巷にはシリアルキラー物があふれかえっていた。しかし、そんな中で刊行された本書はただのサイコスリラーにはとどまらない奥の深い警察小説に仕上がっていた。
 
 まず本書に奥行をあたえていたのが、主人公であるボールト部長刑事の人物造形だ。ピアスンはボールト刑事のプライベートまで詳細に書き込み彼を生きた人間として描いた。それによって、彼の人間的な弱さも無理なく定着させた。読者はそこに等身大のあまりにも人間くさい人物を見出し、自然と感情移入することになる。このへんの構造は、まったくうまいとしか言いようがない。

 そんな彼が苦境に立たされ挫折し、這いつくばりながらも事件を解決に導いてゆく姿は、それ自体が良質の物語の起伏となって読者をぐいぐい引っぱっていく。

 

 けっして後世に残る傑作とはいえないが、読んで損のない本だとはいえる。少なくとも量産されたサイコスリラー物の中では頭一つ抜きん出ていることは間違いないだろう。