したこともなかったのだが、そうか、この人はこんな思いをして小説と向き合っていたんだと新鮮な気持
ちで読みすすんだ。
彼女は天才だった。
でも天は、そんな彼女に天才として背負うべき宿命を与えた。身内にふりかかる数々の不幸、抜け出るこ
とのできない借金まみれの窮乏生活。遂げることかなわぬ恋情。しかし、大きく変わりゆく時代の流れに
立ち向かいながら、凛とした己を貫いていく夏子(一葉の本名)の姿は、無残ながらも清々しい。だから
こそあまりにも薄幸なゆえに、なおいっそう揺らぐ自分を戒め、迷う心に鞭打つ姿は読んでいて胸かきむ
しる思いだった。薄幸が、彼女を動かし後世に残る作品が書けたのだとしたら、いったい何が正しくて何
が幸せなのだろうかと立ち止まって考えてしまう。
ようやく世間にも認められ、さあこれからという時に一葉はこの世を去ってしまう。精一杯駆け抜けたあ
氏を真似するわけではないが、本書を読んで本当に生身の一葉がぼくの中に入り込んできた。本書は、そ
れほど生き生きと一葉を描き出している。
淡々と綴られる彼女の血を吐くような激烈な人生は、静謐で神々しいまでの輝きを放っていた。派手な装
飾などはないが、一読すればわかる。これほど印象深く心に残る小説はないということを。