読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

松浦理英子「親指Pの修業時代(上下)」

 

親指Pの修業時代 上 (河出文庫)

親指Pの修業時代 下 (河出文庫)

 女子大生の右足の親指がPになっちゃうのである。まあ、なんて大胆な設定!Pって何?なんて野暮な質問しちゃいけませんよ。Pってのは、もちろんペニスのことです。なんで、そんなとこがPになっちゃうのかはよくわからないのだが、とにかく彼女は刺激すれば勃起して、射精感にも似たエクスタシーを感じてしまう自身の親指をもって様々なうらやましい冒険をしちゃうのであります。

 って書いたら、それだけが目的の官能小説か!なんておもわれるかもしれませんが、さにあらず。
でも、はっきりいってここで描かれる性愛場面はかなり常軌を逸していてエキサイティングだ。親指がPのお嬢さんを筆頭に様々な性のフリークスが登場し、男女のまぐわい、男男のまぐわい、女女のまぐわいくらいしかレパートリーのない私たち一般ピープルの度肝を抜くシチュエーションが多々描かれる。

 そういうところに身を置くと人ってどうなる?いままで体験してきたことのない別世界に身をおくことによって、親指Pの彼女は限りなく思考をめぐらすようになる。そして、そうすることによって自身を成長させてゆくのである。彼女は少し凡庸に描かれる。そうすることによって、世界の広がりを自身の体験として語る彼女と読者は共感してゆく。ここらへん、松浦さんうまいよねえ。本書がビルドゥングスロマンとして機能する所以だ。

 凡庸ゆえに彼女は聡い人なら、教養として身につけているありふれたことにまで、新たに焦点をつけ掘り下げて考えたりする。それが、一般の我々には逆に新鮮であったりする。尚且つ、彼女は男性としてのシンボルを備えてしまったがために、男としての感覚をも取り込んで成長してゆくのである。

 この感覚は他では味わえない。本書が優れている点はそこにあるといってもいい。ここには作家の想像力としての豊かな飛翔があり、それは我々に見たことのない景色を見せてくれる。それは、大いなる読書の喜びだ。どうか未読の方は読んでみてほしい。心に残る一冊となるだろう。