読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

クリス・クラッチャー「ホエール・トーク」

イメージ 1

 ラストで不覚にも泣いてしまった。思わず胸が熱くなって涙がこぼれてしまった。

 本書はYAながら、YAの枠にとらわれない強い小説本来の力をもっている。う~ん、クラッチャーさん巧みだ。アメリカが直面している現実の厳しさが正面きって描かれ、答えの出ないその混乱を主人公T・Jは仲間とともに乗りこえていく。

 まずT・Jの設定がいい。黒人と日系と白人の混血であり、人種差別という荒波にもまれながら、まわりの愛情にたすけられ、自分でも若さゆえの情熱に翻弄されながらもうまく折り合いをつけていく。彼は強い。彼は安心できる。そして、彼には癒される。

 いいこと悪いこと色々起こるが、T・Jの養父の姿に胸を打たれた。問題が起こってどうしょうもない時、それとどう折り合いをつければいいのか、なんていうシビアな事を静かに語る彼の姿に感動した。

 そして、T・Jの愛すべき仲間たち。幼いころの虐待のせいで脳に障害をもってしまったクリス。体重130キロのサイモン。いてるか、いてないかわからないジャッキー。義足で常に殺気だっているアンディ。

 みんないい奴だ。特にクリスの純真さとアンディの不器用な親愛感にヤラレてしまった。う~ん、こいつら愛しすぎるぞ。バラバラだったみんなが、水泳という目標に向かって一つになっていくという構図は定番といったら定番なのだが、やっぱり気持ちいい。ハンパ者が自分の真価を発見していくという展開も、いかにもステレオタイプなのだが、本書ではそれが鼻につかない。ほんとに清々しい。

 実際、アメリカは物騒な国だと思う。幼児虐待やレイプなんかが日常化してるし、ドラッグやアルコール中毒なんてザラだし、銃は常にそこにあるし、人種差別も根強く残っている。でも、それでもこの本読むと人間って捨てたもんじゃないなって思えるのだ。いいじゃん、人間。最高!ってね。