ぼくのケッチャム初体験は本書だった。確か本書が刊行された前年に「ロード・キル」が刊行されて、それがケッチャムの本邦初訳だったと記憶する。スティーヴン・キングの強烈なプッシュで紹介されたケッチャムだが「ロード・キル」は様子見のまま現在も未読。で、邦訳第二弾である本書の内容が幼児虐待のサイコ物だというので、この料理の仕方次第では最高のスリラーになる題材にひかれて読んでみたというわけなのだ。
一読、小気味いい映画を観たような感じだなと思った。だが、侮ってはいけないなとも感じた。ただのホラー寄りの作品ではなく、これがけっこうがんばっているのだ。
たしかに読み始めは眉唾ものだった。まるでB級っぽい展開がすごく気になった。だが、子どもの養護権をめぐる法廷での争いに話が及んでくると、俄然物語は生彩を放ちはじめる。夫であるアーサーの動向も読み手の善意の感情を逆なでしてくる。それがまた強烈なストレスとなって大きく膨らめば膨らむほど、あとあとに必ず訪れるであろうカタルシスへの期待が高まり読書意欲を向上させるのである。
だが、そこはケッチャム。ラストは救いのないものとなる。以前「隣りの家の少女」を読んだときは、もうこんな話を読んでしまった自分を誰か罰してくれと首を差しだすような気持ちになってしまったが、本書はそこまで気分が落ち込むことはない。救いはないが、それに対する苛立ちや後悔は不思議と感じないのだ。
おそらく妻のリディアの描かれ方が功を奏しているのだろう。彼女の息子をおもうあまりのヒステリックで性急な動きは、あまりにも自然なのである。いち読者として心底から納得できるのである。その過程があるからこそ、このようなラストを迎えても仕方がないなと感情が爆発することなく鎮火するのだろう。
ぼく的には本書はケッチャムの作品の中でも至極まともな方なのではないかと思っている。かといって彼の作品をすべて読んでいるわけではないのだけどね。